mikarn777’s diary

歌詞や小説、時々日記など載せていきます。

【しょくざい】第一話【最後の晩餐】

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ここはレストラン。

ここはいつも大盛況。

人々は罪を償い。

また命と向き合う。

永劫の輪廻の中で。


 

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 ここは地獄。あるいは煉獄。ここにいる人間は生きてはいない。命のあるの者は1人もいない。娯楽のない虚無の世界。ここに堕ちた全ての人間は罪を償う為に集う。
 時間を知らせるチャイムが鳴り響く。甲高い音だ。とても耳障りである。罪人達は何も無い四角い部屋で一日が始まる。何も無い白い壁。6畳程度だと思われる間取り。家具はない白い布団があるだけ。広々とはしていないが息苦しいほど狭くもない。罪人たちがここからは出られるのは仕事の時だけだ。寝て起きて務めを行いここに戻る。現世でいう囚人のような生活だ。部屋は就寝する為の空間だ。それでも罪人達には充分な空間である。
 設楽和樹。享年35歳。長身で一見爽やかな男だ。生前は実年齢より若く見られる事が多かった。彼もまた罪を償う為にこの地獄に呼ばれて来た人間だ。何も無い部屋で設楽は大きく背伸びをして深呼吸をひとつする。煙草の香りが懐かしく恋しい。
 設楽はここに来てもう三年ほどが経つ。長いようで短くも感じていた。生前設楽が想像していた地獄とはまるで違う物だった。彼は地獄というのは芥川龍之介の描いた血の池や針の山がある物だと思っていた。ボロボロの囚人が獄卒に追い掛けられ悲鳴を上げ逃げ惑うそんなおどろおどろしい物を想像していた。
 それがどうだ実際来てみたら針ひとつもないではないか悲鳴などは聞こえない。現実は静かで暖かい。とても心地よく過ごしやすい気候ですらある。勿論ここはここで大変な事もあるが時には幸福すら感じる日もある。この耳障りなチャイムで起きる寝起きはキツいが気持ちを落ち着かせて務めに向かう。
 設楽は慣れた手つきで身なりを整え部屋から出る。白くて長い廊下だ。何人か人がいるが誰も見向きもしない。ここでは特に愛想良くする必要もないからだ。今日も設楽の白髪混じりの髪も七三分けにきっちり整えられている。そこまでは部屋に備えられた水道を使えば出来る。だが黒染めまでは出来ない美容室に行きたいと設楽は願っていた。それでも肝心な服装は上着にはシミ一つない割烹着。服装は毎日洗濯してもらえるからだ。ズボンの上から黒い前掛けを結ぶ。締めつけと共に気合いが入る。準備万端だ。廊下を渡り勤め先に向かう。
 ここは地獄だ。罪人達には閻魔から与えられた務めがある。罪人はそれぞれ罪の次第で派遣先が別れる。設楽の地獄は料理だ。
 料理地獄とも命名しようか、それはその名の通りここは料理を作る地獄だ。まだ客のいない閑散とした店内。アンティークなカフェのような世界観。設楽は厨房に入る。1番早かったようだ。まだ誰もいない。真っ白い壁に並べられた椅子。カウンター席10席。テーブル席15席の飲食店。厨房には真っ白な食器が大量に並んでいる。そして店内にはオブジェに観葉植物が何本か置かれている。気持ちが安らぐ。ここは本当に地獄なのかと疑うくらい穏やかだ。外からの見た、見た目もこじんまりとしたレストランだ。なので当たり前のようにここに来る人間は皆驚く。設楽にとっては慣れた光景だが時に務めは忙しい事もある、だが設楽はやりがいすら感じていた。 
 設楽に与えられた地獄はここで料理を作りづけることだった。毎日毎日料理を作る。毎日毎日料理を作る。毎日毎日罪を償う。休みはあるが娯楽はない。映画は無いしドライブも出来ない。休日はつまらない。今では仕事の方が楽しいくらいだ。それに仕事にはだいぶ慣れてきた。地獄も板についてきたところだ。
 開店までまだ少し時間がある。客はまだ来ない。ここに来る客もまたクセがある。ただの死人ではない。ここに来る客は全て自ら命をたったものだ。彼等にとってはここは煉獄。己の命最後に見つめ直して罪人の料理を食べる時間。それは苦しく儚い。
 ただ設楽の想像通りの地獄もある鬼の存在だ。彼らは法である。脱走やルールを破った者に罪を与えるものだ。
 彼らは絵本に出てくるような真っ赤な巨漢ではない。恐ろしい赤い般若のような仮面は被っているもの設楽よりはすこし大きい人型だ。罰の時は非常に振る舞う文字通りの鬼だが普段はきさくで大人しい人だ。おそらく彼らも何か罪を犯した罪人なのだろう。
 鬼に聞くには地獄には色々な種類があるらしい。炎熱地獄。針地獄。無間地獄。ここは食地獄。そのままの意味で食を作り続ける地獄だ。正直料理好きにはアタリだろう。
 それに地獄と言っても休憩はある。体は生身のままだから疲れは伴うし痛みもある。寝る以外はすることは無いのだがそれぞれ罪人達は空き時間を工夫して案外楽しめんでいる。週ごと朝昼晩の3交代制。
 この地獄はいつまで続くのか分からない。それは知ることは出来ない。それぞれの罪の重さにより刑期は様々。無限に働くという恐怖は計り知れない。あまりの恐怖に気が触れた者を1度見た事があったがあれは尋常ではなかった。狂うとはまさにアレのこと指すのだろう。なので設楽は考え過ぎないようにしている。
 生身なので眠くはなるし腹も減らも減る痛みもある。だが死なない。死んでいるから。
 いっその事理性も奪ってくれれば良いのにと彼等は願う事もある。彼等は完全に神とやらに遊ばれているのだ。ただここに来る客に毎日料理を提供するだけ。辛い地獄だ。   
 鬼の話によるとここはまだましの地獄らしい。だが刑期は教えて貰えないしこの後自分達がどうなるのかも教えて貰えないない。確かに罪を犯したが人間界では償った筈だと思う。命を代価にした筈なのにと訴えても何も変わらない。なのでもう諦めた。時々頭がおかしくなりそうになるが神とやらはそれすら許すことはない。悔しいが設楽は考える事を辞めた。白い割烹着に着替えて今日の客を待つ。
「おはよう」
「おはようございます」
 設楽と同じ割烹着を来て気だるそうな挨拶をしてきたのはこの地獄で設楽の先輩の石田正人だ。石田の見た目はいかにも悪人顔で近くで見るとかなりの迫力がある。それに石田の犯した事件はテレビに何度も映っていた。毎日毎日ニュースに取り上げられていた。なかなか大きく取り扱われていたのでそれを設楽は覚えていた。ニュースを見るだけで気分が悪くなるような事件だ。設楽もそれを見ていたので最初は戸惑っていたが毎日接しているうちにもう慣れた。ここでは殺される事は無い。不思議な出会いもあるものだ。
「おはよう」
「おはよう」2人で同時に挨拶を返した。
「はやいな2人とも時間ギリギリまで休めばいいのに、あんまり頑張ると死ぬぞ」
 ここの料理長の高瀬だ。目が細く丸々太っている。料理長と言っても勝手に私達が読んでいるだけなのだが、しかしここではしっかりと料理の腕は一番だろう。生前は大手ファストフード店のオーナーをした事もあるらしい。笑えないギャグは毎度のことしんどいが面倒見がよくとても罪人達に慕われていて優しく良い人だ。しかし生前は30人以上人を殺めているド変態元死刑囚だ。
 始まりの鐘がこの孤高の店に鳴り響く。ゴーン。ゴーン。鐘の音と同時に休憩室からぞろぞろとシェフたちが出てくる。ここにいる人の共通点は生前に料理の仕事についていたことがあるかで選ばれているらしい。社会人として料理人だった者やアルバイトで少しやった事のある者が集っているようだ。時代や職種は違えども特殊な出会いがあるものだ。
 そしてみなそれぞれ持ち場につく。設楽は今日サラダ担当だ。億劫そうに持ち場につく。暇で不安に押し潰されないように気を紛らわす為なるべく多く注文があるとありがたい。
 少し古びたドアは木と鉄が擦れる鈍い音で入店が分かる。変えることはないのだろうかと時々思う。案内係の鬼に誘導されて1人の女性が入って来た。
「いらっしゃいませ、こちらの席にどうぞ」
 料理長の高瀬がカウンターの席に通した。女性はとぼとぼとふらつきながら席についた。案内と同時にテーブルの上にお冷とカトラリーを置いた。女は暗い顔をして呆然とお冷グラスを見つめていた。そしてその女性は静かにうつむいている。何分経過しただろうかなかなか動こうとしない客にしびれを切らして料理長が話しかけた。
「ご注文がお決まりでしたらお声掛け下さい」
 女性は俯いたまま口をまごまごさせて何か言ってるような気もする。ハッキリとは何を言ってるのかは分からなかった。暗い人だと思うがが確かにここの客はそういう人が多い。正直誰とも話したくないだろう。死んだすぐに食欲もあるはずもない。だがここで食べないといけない。これが煉獄。これが彼女たちに背負わせれた贖罪。命の時間だ。
 30分くらい経っただろうか彼女はじっと俯いたままだ。料理長はまた話しかけに行った。 
「ご注文がお決まりでしたらお声掛け下さい」料理長はもう一度言った。
「あ、あの、申し訳ありませんがまったく食欲がありません」
「なるほど、ごゆっくりでも構いません、お腹がすいたらご注文ください。軽いメニューもございますよ」
「あ、はい、では、あの、メニューとかは」
 とても小さな声で彼女は言った。厨房にいる設楽達には何も聞こえなかった。
「メニュー表はございません、お客様の好きな物を全てお作りします」
 この店にはメニューは無い。即興で作り客を満足させないといけない。なんでもと言われるのと逆に難しいと思うがしかしそれがここのルールだ。従って貰うに他ない。
 料理長が優しく対応している。その姿はもと死刑囚とは思えない。私達も料理長越しに客の様子を伺う。
「なあ、何だと思う?」石田と設楽が厨房の奥でコソコソ話す。「まあ、借金とかじゃないですか」小声で話す。
 ここに来る客は全て自ら命を絶った者だ。料理を作る以外娯楽の無いこの空間では死因を当てるゲームをして楽しんでいる。不謹慎だが盛り上がる。いや他に楽しみが無いだけだ。
「やってみるか?」
「いいですよ」時々彼等は勤務時間を掛けて勝負をすることがある。設楽の場合は自信がある時しかしない。
「石田さんは何するんですか?」
「そうだな、失恋に1日掛ける」
 せっかくだが賭けにはならない何故なら趣味のない設楽にとって仕事をすることが苦痛では無いからだ。設楽は上手く賭けをする。勝っても負けてもどっちでもいいのだ。彼等は対等では無い設楽にとってリスクが低い。
 客の女性はずっと俯いてる。無理もない相当な覚悟でやっと死ねたんだろう。食欲がある方がおかしい。自然なことだろう。ときどき元気な死人が来る事もある。そいつはすぐに決めてすぐにここを後にする。だがそれは稀な話だ。
「話しかけてこいよ」
「あー、そうですね」
 設楽は億劫だった。だが賭けの答えも知りたい。何よりさっさとここを後にして貰いたい。長居されるのはごめんだ。ずっと居られても回転率が悪くなる。売り上げなんてものはないけど辛気臭くなる。それはそれで億劫だった。設楽は渋々その中肉中背黒髪ストレート女に話しかけにいった。
「こんにちは」
 女性は俯いてる。顔を合わせもしないで無言が続く。だがしかし自殺者しか来ないこの店でそんなことは慣れている。時間も無限にある。話しかけられるのを待つ。
「あの、、」小さな声だった。女性がやっと声を絞り出した。「はい?」
「あの、ここはどこなんですか?私、私はっ、ここはどこなんですか?」早口で捲したてる。それもそうだろう。皆考えることは同じだ。訳も分からず連れてこられて不安だろう。設楽は優しい口調で答えた。
「ここは死後の世界と現世の間のレストランですお客様が満足して成仏できるように存在している空間です」
「夢、、?私は、私は死んだはず」
 目を細めて挙動不審に当たりを見渡す。
「現実です、あなたは死んでここに来ました」
 また女は黙り込んでしまった。少し安心したよう、そして少し不安そうな表情をしている。それもそうだろう死後まもないし無理もない。唐突過ぎる話だ。何時間経っただろう数秒の沈黙が永遠に感じる。厨房の奥の足音が鮮明に聞こえる。この沈黙が両者にとっての1つの地獄だろう。苦しい。
 設楽にとって苦手なタイプの女性だった。設楽は自ら命を捨てる行為に抵抗があった。嫌悪感と憤りが腹なの中で渦巻く。
 やるせない話でもあるがここでは自ら命を経った者も罪になるのだろう。だからここで料理を食べないと終わらない。罪人たちは罪人たちの料理を食べて命と向き合わなければならないのだ。
「あの、私いらないです、何もいらないのでもう結構です」
 長い沈黙を終えて女が話し出した。
「分かりました。お気持ち察します。でもそういう訳にはいかないのです。お食事を召して頂かないとこの先には行けないのです」
「なんでですか?本当にいらないです」
「決まりなので」設楽は満面の作り笑いでそう答えた。そしたらまた彼女は黙り込んでしまった。
「では決まり次第お声かけください」
 設楽はまた満面の作り笑いでそういう。それでも彼女はまだ俯いたままだ。設楽はそっと厨房に帰って行った。こういう人は多い。仕方の無い事だと諦めている。自ら命を捨てると覚悟を決めてここに来たのだろう。食欲は無いのは当然だろう。だが私達にも与えられた罰があり何か食してもらわないいけない。何かを食して貰わないと彼女もこの先に行けないし私達もこの先に行くことは出来ない。
「どうだったよ」
「マグロですね」
 下品な言葉だがここではなかなかメニューを決められないで何も話さない人を設楽たちはマグロと読んでいる。石田も設楽も待たされることに昔はイライラしてたが今では我慢出来る。大人になったものだ。
「かかりそうか?」
「そうですね、適当にサラダでも頼めばすぐ終われるのに、ダラダラ黙り決めると余計時間がかかって辛いんですけどね」
「まあ、待つしかないな。しかし若いのに勿体ない」
「まあ、事情があったんじゃないですか?どうせ借金とかだと思いますよ」
「そうかな何であれ俺は自殺なんてしたいと思ったこと1度もないけどな」
「そうなんですか?俺はときどきありましたよ。警察にパクられるくらいならすぐにここ来た方がマシでしょ」
「まあここの存在を知ってたらな」
 私はまた客を見る。腕を組み頭をテーブルに伏せている。
 視線をキッチン内に入れると料理長は黙って仕込みを整える。真面目な人だ。何が注文されるかも分からないのに。他の従業員も各々持ち場で時間を潰している。設楽は入店当時は待てずにイライラしていたが今では平気で何時間でも待てる。早くしてもらうことに越したことはないのたが仕方がない。
 2
 女がこの店に来てから1時間はたっただろうかやっと顔を上げてぎょっとした目で厨房を見た。重い口を開く。
「あの、」
「はい」
 注文が決まったのだろうか設楽は駆け足で女性の方に向かう。
「ご注文がお決まりですか?」
「何でも出来るんですか?」不安そうな顔で設楽に訴えかける。
「はい、何でも出来ます」
 女は少し考え注文を続けた。
「ハンバーグ、大根おろしの乗ったハンバーグ作れますか?」
「はい、大丈夫です。かしこまりました、サラダやライスも付けますか?」
「あ、はい、お願いします」
「かしこまりました、では完成まで少々お待ちくださいませ」
 女は暗くあきらかな作り笑いで注文をした。誰だって死んだ直後はパニックの筈だろう。彼女も苦しい筈だ。まだ整理出来ていないだろう。今だに食欲も無いはずだ。人とも話したくもないだろう。それでも彼女は選ばなければならない。それが煉獄。地獄の食堂だ。
 設楽の解釈ではこれこそが彼女たちにとっての罰なのだろうと思う。ここは煉獄そして地獄。料理を作る側も料理を食す側も何かを考えて命と向き合いながら食事という行為を終えないといけないのだ。作る側も食す側も互いにとっても罰に違いない。彼女は今何を思うのだろう。後悔だろうか安堵だろうか。
「おろしハンバーグ、サラダセット」設楽は厨房に戻りメニューを伝えながら持ち場に戻った。
「どうだ、死因分かったか?」石田は冷たく微笑し設楽を急かす。
「いや、まだわかりません」
 設楽は冷蔵庫からサラダ用に仕込んで置いた一口サイズのレタスを取り出して真っ白な皿に綺麗に盛り付けていく。ベーコンは適量に切り分けて軽くオーブンに入れて炙る。その間に粉チーズを緑緑しいレタスにまぶす。チーズの香りが食欲をそそる。そこに温泉卵を割り真ん中に盛り付ける。とろみがレタスの間を駆け下りる。ちょうどベーコンも焼けた頃だろう、トースターから取り出し卵にはかからないようにレタスの上に置く。その上からクルトンをまぶせば大概は完成だ。マヨネーズ、チーズ、黒コショウ、すりニンニク、ヨーグルトを掻き混ぜて仕上げのソースを作る。後は綺麗に振り掛ける。シーザーサラダの完成だ。
 設楽は満足気だった。今日は綺麗に出来た。なかなか自信作だ。何個も作っていると卵の位置が中心に無かったりベーコンの焼き加減がイマイチだとかと気になってしまったりするが今回はドンピシャの真ん中に決まった。ベーコン焼き加減も絶妙。
 しかし食べられる時はそんなこと関係のないことだ。口の中に入れば皆一緒だ。それでも小さなこだわりが設楽にとっては些細な楽しみの一つである。最後の晩餐に不足なし。「ハンバーグはまだかかりそうですか?」
 料理長はフライパンの上にあるハンバーグを見ていた。
「まだかかるから先に出していいよサラダ」
「分かりました、先に出しますね」
 設楽が皿を待ち運んで行こうとすると石田が念押して死因を聞いて来させようとするが、そんなことしたら食欲が無くなるだろう、聞くにしても食後にしようと思う。石田のこういう所が少し面倒だと設楽は思う。
 カウンター越しに見る女はまたもうつむいている。明るくしろとは言わないがこうもうじうじされると私達まで気が滅入るものだ。もう少し凛として貰いたい。
「お待たせ致しました前菜のサラダでございます」
 そっとテーブルにサラダを添えると設楽はお冷が空になっている事に気が付いた。
「何かお飲み物は?」
「あ、お水下さい」
「かしこまりました」
 私はピッチャーを取りに厨房に帰ると料理長はまだハンバーグを焼いていた。客のいないせいか何時もより時間が長く感じる。
 透明のピッチャーを取りに戻る。大きな冷蔵庫には沢山の飲み物が並んでいる。ジュースからアルコール何でもある。
 女性のグラスに水を注ぐ、水を入れると中の氷が少し縮こまり氷同士が擦れ横に滑った。グラスの周りについた水滴が店の照明を反射して輝いていた。設楽はその様子をじっと見ていた。
 女性はそんな設楽を一瞥もすること無くサラダをフォークでザクザクと突きながら少しづつ口に運んでいた。
「いかがでしょうか?」
「あ、はい、美味しいです」
 少し笑って見えたがそれが作り笑いなのは見え見えだ。無理してここにいるのがひしひしと伝わる。そもそも大概の人間は作った人を目の前にして不味いと言わないだろうし今まで言われたことはない。それでも設楽は会話の入口を探していた。
「あの、お名前聞いてもよろしいでしょうか?」
 まるでナンパ師のような挿入だが恥など無い、客と話す。少しでも情報を得る。人生を知る。これくらいしかここには娯楽が無いのだ無駄にはしない。
 女性は少し間を空けて重たい口を開いた。
「遠藤です」
「遠藤さんですね、こんな事急には難しいかも知れませんがせっかく楽になったんだしもっと気楽になってもいいんですよ」
 設楽は絶対にバレない満面の作り笑いで言った。
「あ、はい」彼女はまたひきつった笑顔でそう呟いた。
 設楽ははこのタイミングのコミュニケーションはこれ以上出来ないと思い諦め厨房に戻ることにした。
「どうだった?」石田はしつこく聞いてくる。
「まだわかんないです、食べ終わったら聞いてみますよ」
 石田は設楽の仕事であるはずのハンバーグのプレートに付属する一口サイズのにんじんとポテトとナスをカットしていた。
「ありがとうございます」
「はいよ」 
 料理長はハンバーグを乗せるプレートに油をひいた。白い煙が上がる。準備が出来たようだ。そっと脂のひかれたプレートにハンバーグを乗せる。さらにその上にソースをかけて完成だ。ハンバーグのいい香りが店中を包む。
 料理長からプレートを受け取り仕上げににんじんとポテトとナスを盛り付けて完成した。設楽はそっと女性の方に料理を運ぶ。
「お待たせ致しましたハンバーグでございます」
 じゅーと油が弾ける音と肉とニンニクの香りをのせた煙が真上に立つ。女性は少し頭を下げ。料理の方を見つめていた。人がいると食べにくいだろう。聞きたいことは多いが渋々設楽は一旦厨房に戻る。
 厨房から見守る事にした。女性は肉を一口サイズに切り分けて口に運ぶ、少し熱そうだ、続けて米を頬張る。
 言葉を口に出さないがここから見る表情から察するに不味いと思っていないだろう。食べるペースも悪くない。しっかりとは確認出来ないがサラダは既に完食されていると思う。料理人達は自分が作ったものを「美味い」とそう食べて貰えるのは素直に嬉しい。至上の幸福である。料理人冥利に尽きる。
 設楽は娯楽に飢えていた。最後の晩餐で命を考える本来の目的をわすれている。設楽料理が楽しくてしょうがない。本当はメインのハンバーグを作りたかった。こればかりは順番なので仕方がない。こんなにこの地獄を楽しんでいるのは恐らく設楽か料理長くらいだろう。
 料理長は焼いたフライパンを鼻歌交じりに洗っていた。直接誰かが聞いたことは無いが料理長も地獄を必ず楽しんでいる。これは閻魔の判決のミスだろう。娯楽なんてものを感じてはいけない人間だ。そもそもそんな地獄を作ってはならない。上の連中の考えることは到底理解出来ない。
 設楽は視線を彼女に戻すと黙々と食べていた。半分くらい進んだろうか退屈が設楽を襲う。開店直後ということもあり次の客がなかなか来ない。暇だ。
 石田含め他の従業員も退屈そうにしている。サラダを作った設楽ですら暇なのだから何もしていない人達はさらに退屈だろう。退屈地獄だ。
 地獄の最高位には無間地獄というのがあるらしい。文字通り何も無い。耐え難い恐怖だ。想像するだけで恐ろしい。何も無いという恐怖は世の中にある絶望を全てを凌駕するだろう。そこにだけは行きたくない。
 今の現状まだ彼らは女が食うのを見ることが出来るだけマシな筈だ。無間地獄に行かなかったことに安堵する。
 3
 食べ終わっただろうか、盛り付けの野菜はまだ残っている。だがフォークをライス皿に起き手に取る気配は無い。
「終わったか?」
「そうですね、多分終わりましたね」
「意外とちゃんと食べたな、俺は死ぬ前後全く食欲無かったけどな」
「そうですか、私は大丈夫でしたよ。こっち来てから直ぐにけっこう食べましたし。けっこう腹減ってたんで。あ、終わったようなんでそれじゃあ行ってきますね」
 彼女の方に向かう、設楽が動いたので一瞬目が動いたが体は俯いたまま動かないままだった。
「いかがでしたか?」
「あ、美味しかったです」
「それは良かったです。少し落ち着きましたか?」
「あ、はい」
「あのひとつ聞きたいのですが、今回はどうしてこちらに来られたのですか?」
「それは」
「はい」
「え、あの、い、言わないとダメですか?」
「いえ、勿論義務ではありませんが、恐らくここが人と話す最後の機会になると思います、最後に少し話してから行きませんか?」
「え、この後私どうなるんですか?」
「魂が浄化されて新しい命に生まれ変わると聞いています」
「あ、そうなんですか、浄化、新しい命」
「多分そんなに怖い物じゃないと思いますよ、私は行ったこと無いですけど」
「あ、そうなんですか」
「どうですか、少しお話聞かせて貰えないですか?」しつこいと思われようが嫌われようが構わない、もう二度と会わないのだから。
「首を吊ったんです」一瞬面食らって間が空いた。
「どうして?」それ以上踏み込んで欲しくないのだろう、また間が空いた。それでも設楽は逃げ出さなかった。彼女が思い口を開く。
「浮気です、旦那がずっと浮気してたんです。最悪です」
 答えが案外すぐ分かった。
「そうですか」
「3年間も浮気してたんです、気持ち悪いです、結婚してからもずっと、本当に私の人生返して欲しいです」
 彼女は食べ終わったプレートを睨みながら捲し立てた。設楽はその迫力に狂気を感じて生唾を飲み込んだ。体も1歩引いていた。厨房までもその声は届いただろう何人かがこちらの様子を確認する。
「そうですか」
「最低です」
「なら何で自殺なんかしたんですか?旦那か浮気相手を殺せば良いじゃないですか?」
 設楽は無心でそこにあった疑問に純粋な心で質問した。
「ころす、私にはそんなこと出来ません、ですが私はあいつの買ったマンションで首を吊ってやりました、私の死体を見てきっと後悔してるはずです」
 設楽には理解が出来なかった。そんなこと意味があるのか、憎い相手なら直接危害を加える方が合理的のはずだ。何ともスッキリしなかった。
「きっと後悔してるでしょうね」
 料理長が心配そうに私たちの話に割り込んできた。
「はい、そうでなければ意味がありません」
 冷静になったのか声量はだいぶ小さくなった。グラスを手に取り水を飲み干した。料理長はそっと質問をする。
「最後にデザートとかはどうでしょう?」
「あ、はい、何があるんですか?」
「そうですね、基本何でもありますが、何でもあると逆に難しですよね、オススメマンゴーアイスとかイタリアンプリンとかですかね」
「アイスがいいです、マンゴーアイスでお願いします」
「かしこまりました」
 人は何かを隠しているものだ。だが人は秘密をバラしたいものだ。設楽と料理長はその野菜の残ったプレートとライス皿を持ち厨房に戻った。洗い場の大場に渡した。
「どうだった、失恋だったろ」
「んー、まあそうですね、いいですよ石田さんの勝ちで」
「よっし、1日分な」
「私には理解できませんね、浮気くらいで死ぬなんて」
「まあな、愛するとかより、信じていたものに裏切られたってことが許せなかったんだろうな」
 石田は賭けに勝ち嬉しそうだった。仮に休みでも趣味のない設楽には暇なだけなのにと思い石田のその嬉しそうな表情には納得は行ってなかった。
「マンゴーアイスお願いします」
「はいよ」
 石田はニヤニヤしながらマンゴーアイスをすくう。そして冷えた食器に乗せる。カットしたマンゴーも飾り付けして完成だ。
「いらっしゃませ」
 ここで新しい客が入ってきた。また料理長が対応するようだ。設楽は綺麗に飾り付けられたマンゴーアイスを彼女のところに持っていった。
「マンゴーアイスです、少しは落ち着きましたか?」
「はい、だいぶ、その、旦那はどうなったのでしょう」
「あー、そういうのは私たちには分かりません、自殺をすればもしかしたらここに来るかも知れませんが、別の店に行くかも知れませんし、なんとも言えません」
「そうですか、一生後悔して地獄に落ちればいいのに」
「どうでしょう、前科があればですけどね、私たちの用に地獄に落ちることは稀ですよ」
「私たち?」
「そうですよ、あなたもいま罪を償っている所ですこの煉獄で」設楽と女の立場は違ったがそこは触れなかった。
「何ですか、何で私が、私は何もしてないじゃないですか」
「人を殺してるじゃないですか?」
「え、殺してない」
「自分の命とはいえ、人の命を一つ殺してる事に変わりはありませんよ人殺しは人殺し罪は罪。」
 彼女は黙り込み、睨みながら、スプーンを力いっぱい握り絞める。
「でも私は地獄、あなたは煉獄、この後どうなるかは分かりませんが多分すぐに新しい魂に変わると思いますよ」
「あなたは、あなたは何をしてここにいるんですか?」
 女は恐る恐る設楽に思った事を口にした。設楽は何も答えずにただただ笑顔を作った。女はその笑顔に気後れしそれ以上追求することは出来なかった。
 またドアが開く鈍い音がなった。いらっしゃいませの掛け声が店内に響き渡る。それに釣られて設楽もいらっしゃいませと声を出す。
 徐々にではあるが客が増え続けていた。繁盛という言葉は違う。またひとつ命が失われた。利益は一門もない。
 それでも客が入るとまるで人気店なのではと錯覚できるので設楽にとってここは居心地が良かった。その分人が自ら命を絶っている訳だが。
 女は少し溶けたマンゴーアイスをすくい一口頬張った。
「これが最後のお料理になりますが満足頂けたでしょうか?」
 女は黙って首を縦に降った。
 これが重要なのだ。これで彼女は次に行ける。彼等の仕事はひとつ終えた事になる。罪人からすると地獄に位置するこの店ではお代は取らない。だから何を持って客に退室して貰うかは見た目では分からない気持ちの中にある満腹であり満足それにならないのだ。これが1番大変なことである。あくまで自殺人を満足させる施設である必要がある。
 客からしたら満足したと言わなければ何食でも食べられる訳だから味をしめて何日も出て行かない者も現れる。人を殺めた者だと気づかれてそもそも口にして貰えないものもいる。なのでなるべくはやく口にしてもらい、なるべくはやく満足させることが重要になる。
 4 
「何年くらいここにいるんですか?」
「私はだいたい3年くらいになります」
「いつまでいるんですか?」
「そうですね、どうなんですかね、わからないです、いつかは終わるのかも知れませんでも正直新しい魂になりたくはないです」
 女は設楽の顔をじっと見ていた。今から次の場所に行く者を怖がらせてしまったのだろうか。
「私もまた新しい人生なんてやりたくないかも、例えばあなたはもし記憶をそのまま、また同じ人生をそのままやり直せるとしたらやり直したいと思いますか?」
「同じ人生ですか、それなら戻れるなら戻って見てもいいかも知れませんね、勉強してもっといい大学とか行ったら人生変わってたかも知れませんね」
「そうですか、私は子供の頃から人生やり直したいと思ったこと無いんです、だって楽しい事の倍辛いことも体験した訳でそれをもう一度なんてやりたくないです」
「楽しいことももう一度できるじゃないですか」
「2回目なんてもう感動しないですよ」
 設楽はこの女はネガティブな人だなと思った。自殺するのも理解が出来る。
「人生なんてもうやりたくないです、人間以外にもなれるんですか?」
「どうでしょう、分かりませんがでも記憶は無くなるんでそんな考えなくても大丈夫だと思いますよ」
 励ましたいのだがいい言葉が出て来ない。不安を煽って店に立てこもられる事は避けたい。
「そう、消えるのね、なら安心」
「あ、はい、まあ実質そうなる事になりますね」言葉が詰まった。女は安堵した表情をした。だがそれもつかの間女は眉間にシワを寄せた。
「じゃあ、ここはなんのために存在するの?」
「そうですね、私もここに来た当初はずっと考えた時期もありました、でも多分そんな深い意味は無いと思います、表向きの理由としては自殺者に些細な幸せをとしてますが、実際はただ神とやらの遊び心何じゃないかと今は思ってます」
「まるでオモチャですね、私たちは、でも、それでも、今私は些細な幸せは味わえました、生きてる頃は怒りと不安でめちゃくちゃでしたが、今はだいぶ楽になりました」
「ほんとですか、良かったです、ありがたいです、地獄人冥利に尽きますよ、いや何か変だな、料理人冥利ですかね」
 女は少し笑っていた。今度は作り笑いではない気がする。そして女のマンゴーアイスはもう食べ尽くされていた。残った欠片は少し溶けて黄色い液体になっていた。残る黄金の果実もあと一切れになる。
「これ本当に美味しいです、こういうのはどこから持ってくるんですか?」
「んん、それが私にも分からないんですよ、毎日どんどん仕入れてくるんです、自殺したマンゴーですかね?」
 また彼女は笑った。声に出すほどではないがクスクスと彼女は笑っていた。
 仕入れは役人の鬼が毎回この店に運んでくる、もしかしたら他の店にも運んでいるのかもしれない。
 店の外には何があるのかとか神がどういうものとかここは何者なのかは考えることはしないことにしている。宇宙の果てと同じようにどんな偉い学者でも正解は分からないのだ。だから今起きている確かな事象を一つ一つ運んでいくのだ。何も考えなくて済むように。
 「美味しかったです」女は最後の一欠片を口にしてそう答えた。
「そうですか、成仏出来そうですか?」
「もう覚悟はしてきたんで大丈夫です、それより厨房戻らなくても大丈夫なんですか?」
「まあ、今は空いてる方なんで大丈夫だと思います、すぐ戻りますし」
 設楽は彼女に大丈夫とは言ったが、厨房の方を振り返ると大丈夫そうでは無かった。少し話し込み過ぎたようだ。それでももう終わる。普段多めに仕事してる分たまには構わないだろう。
「また死ぬと思うとやっぱり少し怖いものですね、今度は苦しくないといいな」
「たぶん、安らかなものだと思いますよ」
「そうであって欲しいです」
 女は空になった水の入っていたグラスを持ちそれを手首で回す。僅かに残る水滴が同じ方向につられて回る。それをじっと見つめる。
「ご馳走様です、あの、この後はどうすれば」
「この後はこの店でして頂くことはもうありません、次の場所に向かうだけです」
 女は1度唾を飲み込み、立ち上がった。
「分かりました、ありがとうございます、ご馳走様でした」
 設楽の方に頭を下げ扉の方に向かった。設楽も後ろからついて女を追い抜き店の扉を開けた。
「お気をつけて」
「はい」
 最後にまた女は設楽にむけ頭を下げた。店の外には案内役の鬼が待っている。彼女はこの後どうなるのだろうか設楽には分からない。輪廻転生を繰り返すのだろうか。いつか幸せになる事は出来るだろうか。分からない。設楽はまず自分の罪を償わなければならないのだから。