mikarn777’s diary

歌詞や小説、時々日記など載せていきます。

ウサギ小屋【短編小説】

f:id:mikarn777:20210426190846j:image

 

ママ大好き。

パパ大好き。

偽りの無い純粋無垢。

「おなかすいたな」話す事は出来ない。

僕の世界にはウサギさんとわんちゃんと猫とお兄ちゃん。そして弟妹。

愛とは一体なんだろう、子は親を選べない。彼は世界を知らない。それは幸福な事だろうか我々は守る事は出来なかったのだろうか、しかし子は親を愛していた。

僕の部屋はここ。僕の世界はここ。

サクは知らない。外の世界を知らない。ここの世界が全て、このやや狭いウサギ小屋がサクの世界の全て。サクは愛されている。サクは愛されている。サクは愛されている。

世界は広い、本当は途方もなく広い、しかし子供のサクはこの部屋が全て。パパもママもサクを愛していた。サクもパパとママを愛していた。

何故事件は起きた?何故事件は起きたのか、ママとパパは本当に分からなかった。常識は誰にとっての常識なのか彼らは知らなかった。彼らもそう狭い世界で生きてきたから

3歳のサクはおむつ姿でエサは2〜3日に一回。サクは泣く、叫ぶ、それしか出来る事はない。今日もサクは泣いた。「五月蝿い!」泣くとすぐに叩かれる。泣き止むまで、叩かれる。何故?サクには分からなかった。痛みと音、怖い。

でもいつもは優しい。みんな好きだ。みんな優しい。お腹は空いたけど、この世界は賑やかだ。

バレたら家族がバラバラになってしまう。子供の事は宝だと思っている。

そうパパは言っていた。

サクの1日はこのウサギ小屋で始まる。窮屈だ、しかしそれも仕方ない。兄たちは外で遊んでいる、とても楽しそうだ。サクも出たい。しかしそれは叶わない。羨ましそうに見つめる事しか出来なかった。

出してと伝えても叩かれるだけだった。伝える手段も持たない。でも1日に一回はここから出してもらえる。それは楽しくてたまらない。皆大好きだ。楽しい。楽しい。楽しい。そう思っている。全く偽りは無く楽しい日々。
サクにとっては両親は神である。それはほとんどの子供にとってもそうだろう。子にとって親は神。世界の全てはこの部屋。井の中の蛙。そんな難しい物では無い。シンプルなものだ真白の画用紙。純粋無垢なのである。何も知らない。でも誰もが通った道だが、理解するのは難しい。いや理解してはいけないのだ。しかしこの現代現実にある世界なのだ。サクは何も知らず幸せのまま死んだ。

それは誰のせいなのだろう、神のせいなのだろうか、解らない。

✳︎

しかし父であるマコトも悲惨な生い立ちだった。

マコトの母親はモンスターと呼ばれていた。風貌や性格それは全てモンスターというのがまさに的を得ていた。モンスターは中学卒業後には水商売を始めて、マコトを含めて5人の子供をもうけた。ただ子育ては全くせずに子供達は乳児園に入れられていた。マコト自身幼少期の母との思い出はほとんど無かった。子供の中には出生届が出されていない子供もいた。
「母はいない、本当の母は別にいる、きっと本当の母親は優しい人だ」
とマコトの幼少期は妄想していた。モンスターは子供が施設からもらうお小遣いを取り上げて子供たちを児童養護施設に押し付けていた。
「ほら、それをよこしな」
「はい」

マコトたちが働ける年齢になった頃にはバイト代までも奪っていた。
「ほら給料出たんだろ、よこしな」
「え、でも」
「あんたたち今まで誰のおかげで生きて来られたと思ってるんだい?少しは親孝行したらどうなんだい?」
「嗚呼分かったよ」
それでもモンスターはマコトのこと「愛してた」と言い張っていた。だがその愛情は根本的にズレていたのである。子供たちの金銭を奪ったり、夜の街を一緒に連れ歩いたりし、それでも子供に飽きてくると児童養護施設に追い返した。
「愛してる?」
「愛してる?」
モンスターにとっては子育てというのは責任のある使命ではなく飽きたら突き放す玩具に過ぎなかった。彼女自身も狂った理由もある筈だがそれはマコトにとってはどうでも良い事だった。中学を卒業してからは一緒に住むようになったが、モンスターはソープランドの仕事に明け暮れろくにアパートには帰る事はなく、家事などはほとんどする事は無かった。会話もほとんどなくマコトの世界も徐々に形成されていった。
マコトはモンスターの世界に浸る事で、まともに人と付き合えないような人間になっていった。モンスターに人並みの愛情を貰うことが出来なかったマコトは、他人を命を大切に思う気持ちが歪んでいった。何度も何度も裏切られ、人を信用する気持ちを持つことが出来なかった。皮肉にもその思考はモンスターに酷似していく形になり、行動は衝動的に思いつきで生活する大人になっていた。

マコトは20歳になっても同年代の人と付き合う事は出来なかった。マコトはかつて自分が在籍していた児童養護施設の小学生とばかり遊んでいた。そして正月にはサスケごっこという遊びをしていた。それは民家の屋根によじ登って大騒ぎをする。マコトは成長できていなかったのだ。精神年齢は幼児のまま。アルバイトを始めるがどれも長くは続く事は出来ずにいた。転職を繰り返し、女性関係も無いままホストクラブでホストになっていた。

✳︎
母であるリョウコもまた悲惨な生い立ちだった。リョウコの母は中学卒業後にホステスとなり、入れあげたホストとの間に未婚のまま子供を産みそんな生活を続けていた。その長女がリョウコであった。

その後に長男ができた事から籍を入れるが一度も同居しないまま離婚。それと同時に付き合っていた別の男性と再婚をしてさらに3人の子供を産んだ。血の繋がりの無い父親と血が通わない母親、そんな家庭で育った。

リョウコの母もモンスターと呼ばれていた。近隣住民とたびたびいさかいを起こしては引っ越しを繰り返す、そんな生活を送っていた。リョウコ達はそんな母親にずっと振り回されていたのだ。

リョウコの母親は再婚後もホストクラブに通うなど性に奔放であった。リョウコは中学進学以降はその影響を受けたように性に関するトラブルを何度も起こす。

中学校では恋愛によるいざこざから不登校になり、卒業後ではチャレンジスクールに通いそこで体を許した先輩に妊娠したと嘘ををついて中絶費用を騙し取ろうとして退学になった。その後のリョウコは水商売の世界に入る事になった。そこで客との間に子供が出来た、そして未婚のまま出産。養育費として250万を手に入れる事が出来た。
第一子を産んだその後はリョウコは母親に連れられてホストクラブに遊びにいくようになっていった。そこで働いていたのがマコトだった。二人は出会って5日後に肉体関係を結び、1ヶ月もたたないうちに赤ん坊とともに同棲生活を始めた。そして7年間で7人の子供を出産する。その中にサクもいた。

7人も子供がいたら養育費はかなりの額にのぼるだろう、だが、2人には計画性というものがまるで無かった。マコトは定職には付かず職を転々としていた。当然生活は成り立たず、粉ミルクを万引きして転売したり、親戚から借金を重ねたりした末、生活保護に頼っていた。子供が多い分全ての手当てを含めると月に30万以上受け取っていた。それからは働く事は無くなっていった。

マコトとリョウコは夫婦とは名ばかりで、良識の無い男女がホストクラブで出会い何の計画性もなく毎年子供を作っていただけだ。

そんな二人がまともな家庭を気付く事は出来なかった。子育てを出来る訳もなかったのだ。子供を産めば誰もが自然に親になれる訳では無いのだ。

事実として家庭環境は劣悪だったとしか言えない。2人は7人の子供と他に10匹を超える次から次へと貰い受けては育てられずに死なせてします。いや殺してしまうのだろう。その部屋にはゴミがいたるところに転がり子供達は用の足し方も教えて貰えず犬と同じように床に垂れ流していた。髪も爪も伸び放題でまともに会話をすることもできない子供もいた。

しかし夫婦はこの状況をおかしいとは思っていなかったようだ。自らも親に放って置かれた経験しかないため、常識や普通や愛情は歪んで全くその間違いに気づいていなかったのだろう。だからこそサクや次女がイヤイヤ期の2、3歳になって食器を散らかすようになったとき、それを静める方法がわからなっかたのだろう。マコトとリョウコは話あって、こう結論を下すことになった。

「サクは家を散らかすからウサギ用のゲージに閉じ込めよう、次女は犬用の首輪でつないでおけばいい」

彼らはペットの養育と人間の養育の区別がつかない。判断が常識がバグっていたのだ。ペットをケージに入れて飼育する感覚で全く悪びれずに我が子を監禁したのだ。

2人に罪悪感がないのは、その後の行動からも分かる。彼らは逮捕後にこんな事を話していた。
「五月蝿いから、しつけの為にケージに閉じ込めている」
それが彼らにとって本当に当たり前のしつけだと思っていたのであろう。実際彼らは子供を監禁しながらも堂々と子供を愛してたと語っている。

彼らの家族写真や手紙には、ケーキを囲んで誕生日会をしたりお風呂のに入ったり写真があった。また虐待する親と、虐待を受ける子を愛しむ手紙もあった。それは虐待親なりの歪んだ愛情がそこにはあったのだろう。

自分たちの罪に無自覚な分だけたちが悪い。夫婦は子供達を閉じ込めたらどういうことになるのか考えず、想像する事も出来なかったのだ。

ある晩ウサギ小屋に閉じ込めていたサクはパニックを起こしてしまった。泣いて叫んだ。マコトは静かにさせようと思ってタオルで口に巻いてそのまま寝た。数時間後サクはそれが原因で窒息死した。

「サクが死んでるよ」

リョウコは浴室で冷水をサクにかけていた。本当にそれで蘇生すると思っていたのだろう。

夫婦は気が動転した。子供が死んだ事がバレれば家族がバラバラになってしまうと思った。それだけは何としても防がなければならない。それで夫婦で話あっておむつ用の段ボールにサクを入れ、大好きだった自然に埋めることにした。車の中には長女や長男も同乗させて埋める時は二人には手伝ってもらった。

サクは冷たく硬くなっていた。とても寒いけど暖かい家族に見守れながらそっと土に帰っていった。幸か不幸か寂しい別れではなかった。家族はみんな悲しんだ。
「ほら、サクにバイバイって言った?」
「うん、バイバイ」
「サクとはもう会えないの?」
「うん、どうだろう、もしかしたらまた会えるかもね」
「ふーん、バイバイ」土に向かって手を振る。
他愛の無い会話を繰り返す。子供には死を理解させるのは難しい。
真っ暗な空の下彼らは速やかにサクの遺体の埋葬を遂行した。愛する者に祈りを込めて。

そして彼らはまた朝日を迎えていた。暖かい日差し。どんな辛い事があっても太陽は必ず昇る。子供達を起こして出かける準備を始める。今日はディズニーランドに行こう。寂しいのは嘘じゃない。悲しいのも嘘じゃ無い。でも人は前を向かないといけないのだ。リョウコの出産も控えている。残されたもが出来る事は。サクの分まで笑ってそして忘れない事だ。

きっとまた会えるよね。