mikarn777’s diary

歌詞や小説、時々日記など載せていきます。

二人の彼氏【短編小説】

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いつもと同じ部屋。いつもと同じ香り。いつもと同じ人。いつもと違う光景。

私が体験した不思議な話。この話は本当に不思議な話だったので覚えてる範囲でここに書いてみます。

私は今から約3ヶ月前に付き合い始めた大好きな彼氏の家に泊まっていました。何の変哲もない1日でした。その日も幸せで在り来りな事。二人でテレビを見たり一緒にご飯を食べて幸せな夜を2人で過ごしました。本当に幸せな時間を過ごしていました。二人で一緒の布団に入りずっとこんな日が続けばと願っていました。
 
 それが朝起きたら3人になっていました。私はまだ理解出来ません。彼氏が2人います。何故でしょう。

1人は怯え。1人は私を抱き締めています。現状を理解出来ない。寝ぼけているのでしょうか夢を見ているのでしょうか。
昨日までは1人だけだったのに。

「お前誰?」
私を抱えてる彼氏が怯えてる彼氏に聞いた。抱えてる方も声は震えていた。
「蒼太だよ、お前ら誰だよ、立花さん?立花さんだよね?何してるの?」
「俺が蒼太だよ、なんだよこれ、何で俺がいるんだよ」
「は?俺が俺だよ、お前誰だよ、マジで意味わからん」
もう1人の彼氏は息を大きくしていた。私はただ二人の後ろで震えていました。
「落ち着けよ」
「落ち着けるかよ、警察呼ぶわ」
「待てよ、警察呼んでなんて説明するんだよ、取り敢えず落ち着いて考えようよ」
無言が3人を包み込む。何分くらいたったのだろうか、それはとても長く感じた。二人の彼氏は一人はベットの上、一人は椅子の上に座っていた。私は彼の隣に座りその二人様子をじっと見つめていました。
「何が起きたんだよ、まず立花さんは何してるの?」
「何してるのって、昨日泊まってそのまま一緒に寝たからそのまま」
「え、俺と立花さんが?何で?」
「何でって恋人だし」
「え、いや、違う」
彼は気が動転しているのだろうか私と昨日一緒にいた事を忘れているようでした。
「昨日は映画を見て、一緒に寝た。俺が本物だ。俺が本物だ。」
もう一人の彼は一点を見つめながら小言を繰り返していた。彼も気が動転しているのでしょう。私も焦りはあるが二人を落ち着かせなければいけない。私はキッチンに行き三人分のコーヒーを沸かせる事にしました。
 その間も二人は黙り込んでいた。
「立花さん何でコーヒーの場所知ってるの?」
「だって何度も来てるから」
「俺と立花さんが?分からない。やっぱりおかしい」
「俺とな。お前じゃない、俺と遥が付き合っているんだ。何度もコーヒーを作ってもらった。俺が本物だ。」
「まってちょっと、すぐにわくから、一旦落ち着いて」
はあ、二人同時にため息をこぼす。やはり二人とも蒼太だ。私の中の恐怖は少しづつ消えていて好奇心の様なものがじわじわと湧いていた。椅子に座っている方の蒼太は確実に私の知っている蒼太で昨日までの蒼太だ。そのおかげもあり安心感もあった。
湯気が立つ。コーヒーを二人の元に置きにいった。
「いったいどうなってんだ、現実なのかまだ理解出来てない、どうしたらいんだ」
私の知っている方の彼氏は私の腕を組み少し怯えている。こんな時でも私は彼を可愛いと思ってしまった。
もう一人の彼は布団を半分被ったままベットから動こうとしない。何でこっちの彼は私の事を知らないのだろう。いや名前は知っているようだ。だが仰々しく苗字で呼んでくる。
「いつから付き合っているの?」
「いつからってイルミネーションを見に行った時だよ、自分に質問されるの気持ち悪いな」
「自分に質問するのも気持ち悪いよ」
 二人とも機嫌が悪い。一触即発しそうだった。私が何とか間に入り上手く中和しないといけないと本能的に感じました。
「もっと本人しか知らない質問すればいんじゃない?」
「あ、ああ、そうだな、誕生日は?」
「7月22日」
「正解」
「血液型は?」
「A型だよ」
「正解、はあ、どうでしよう、思いつかないな」
「ちょっとまて次は俺に質問させろよ」
「あ、ああ、いいよ」
「母親の名前は?」
「聖子だよ」
「正解」
「父親の名前は?」
「正樹」
「正解」
「ちょっと二人とも何か調べれば出来そうな質問ばっかりじゃんもっと何か無いの?」
二人は同時にコーヒーをすすった。少し考える。
「はじめて見た映画は?」
ゴジラだよ、他の怪獣がいっぱい出るやつ、あの、ほら名前は出ないけど」
「んー、正解だ、これは本当に俺かもしれない」
また二人は同時にコーヒーを飲んだ。
私はそんな姿が愛おしく思えて笑えてきた。
「立花さんは何してるの?」
「何してるのって昨日から一緒にいたじゃん」
「どうしても思い出せない、やっぱり変だよ、立花さんがいるのは、俺がいるのも変だけど」
「何で私の事を覚えないの?」
「いや立花さんは知ってる。仕事で一緒じゃん、でも付き合ったりはしていない、うちの場所も知らないし、コーヒーの場所も知らない。俺に彼女もいない」
「やっぱり偽物だな、俺が告白してほぼ毎週彼女はうちに来てくれたし何度もコーヒーを沸かしてくれた、料理も作ってくれたじゃん」
 本物の蒼太は優しかった。偽物の蒼太は私と過ごした日々を全く覚えていなかった。悲しかったです。蒼太が何人いても私を知らない蒼太がいるのは傷つきました。少しづつ涙が出てきました。私は蒼太の事をこんなに知っているのに全く理解が出来ませんでした。蒼太なのに蒼太じゃない彼をじっと見つめる。彼は怯えた目でこっちを見ている。
「動くなよ」
「何でそんな事言うの」
「近寄るなよ」 
「大丈夫だよ怖がらないで」 
 彼は布団にくるまりながらじっと睨みつけてくる。それは小動物にも見えるし肉食動物にも見える。とても恐ろし目だ。警戒と不安が混じり合い攻撃的な表情をしていた。荒い息だけがこの沈黙の部屋に響いていた。
「気を付けて」
「うん。大丈夫」
「出ていけよ、出ていけよ」
彼が怒鳴る。部屋に響くその声は私を一瞬怯ませた。
「俺の部屋だからお前が出ていけよ」
「いいから出ていけよ」
 彼は勢いよく起き上がり私を力いっぱい突き飛ばした。私は床に座り込むしか無かった。
そして彼と彼は同じ服を掴み合い。お互い引っ張り合う。お互い同じ力なのか全く微動だにしない。
「遥助けて」
 彼が叫ぶ。私は慌てて何か彼の助けになる物を必死に探した。私はテーブルの上にあった灰皿で彼の頭を力いっぱい殴った。
「うっ」
 彼は苦しそうに死ながらも私の彼に鬼の形相でしがみつく。
「遥もう1回」
 私は彼を守るために彼を殴った。ドンと硬いもの同士が重なる鈍い音が響く。力が抜け膝から崩れ落ちる。それでも彼は必死に抵抗する。私は狂気の中無我夢中でガラスの灰皿を振り下ろし続けた。
 
 そこから私は意識を無くした。私は気が着くとそこに彼が一人。赤と黒の混ざった液体を零しながら白目を半分開けていた。ピクピクと痙攣している。私は灰皿を手に取り偽物の彼に口付けをした。

ハンバーグ【短編小説】

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最近夢を見る。

僕の好きなハンバーグの夢。

子供っぽいだろうか

でもそんな事を言いたい訳では無い。

僕が見るハンバーグの夢はまだ途中

美味しそうな焼きたてでは無い

それは捏ねたひき肉。

赤と白を混ぜたような色。

大きな大きなひき肉。

部屋いっぱいの鉄のような匂い。

まるで食欲がわかない。

何故ならその肉の中からは人の腕や足そして生首がはえる。

なぜこんな夢を見るのだろう、自分で自分が理解出来ない。

それは夢だと理解しているのにやけに鮮明で目が覚めた後にでも匂いわや感じる日がある。

今日で何日目だろうか

今日もあの生々しい夢を見て、逃げ惑い恐怖で飛び起きる。

息が荒い。苦しい。少し頭痛も残る。油汗がまとわりつく。

何日目だろう夢と理解しているのに健やかに眠る事が出来ない。

僕は睡眠不足で重い目を擦りながら洗面所に向かい蛇口を捻り水を出す。

コップになみなみに注ぎ。一気に飲み干す。

徐々に呼吸は整い少し動悸は落ち着く。

いったいアレは何なのだろう

毎日毎日何を見せられているのだろう

ココ最近はハンバーグなんてたべてないし
作ってもいない

僕の記憶のバグなのだろうか

それとも呪い

そんなオカルトは信じていないしそもそもそんな不徳な行為もした覚えもない。


眠い。寝たい。

でももう夢を見たくない。

僕はカーテンを開いた。朝日がこぼれる。
まだ4時なのにこんなに明るいのか

ため息が零れる。

 

肉の塊。

それが呻く声。

うるさい。低く。大勢の声だ。

耳を塞いでも聞こえてくる。

見た目も醜い、

ソレからは大量の手足がまばらにはえていていて

醜い。

これは夢だ。理解は出来ている。

いつの間にか寝ていたのだろう。

肉から生えたいくつかの顔達は悲痛な表情で何を呟いている。

何を言っているのかは解らない。分かりたくもない。五月蝿い。

匂いもきつい。死臭というのか生臭い。嘔吐しそうだ。

夢と理解しているのに逃げられない。

白く大きな部屋の中大きな肉の塊が蠢く。

そいつが通った後はジメジメと床に何かがこびり付く。

ゆっくりとこっちに向かってくる。

見たくない。見たくない。見たくない。

見たくないのに視線を逸らすことは出来ない。

アレはいったい何なのだろう

ゆっくり、ゆっくりと近づいて来る。もし捕まったらどうなるだろうか、アレの1部になってしまうのだろうか

これは夢だ。夢のはずなのに

怖い。怖い。怖い。

どうすれば目が覚めるのだろう、思い出せない。

「た、く、み」

ん?

今、僕の名前を呼んだのか?

 

心臓の鼓動のように大きくなったり小さくなったりしている。

 

はっと目が覚める。

苦しい。

寝不足だ。寝汗も滴る。行きも荒い。

休みの日ならまだ眠りにつきたいが。

今日は卒業に必要な単位の授業がある。

大学に行かなければならない。

私はパンをを2枚袋から出しトースターに突っ込んだ。

パンが焼き上がるのを待つ間に冷蔵庫に入れて置いた缶コーヒーを取り出す。

眠気覚ましに一気に飲み干す。

苦い。

丁度よくパンも焼きあがる。

トースターから取り出していちごのジャムを塗りたぐる。

すると白のキャンバスは朝日も交えて赤く艶やかに色めき立つ。

しかし寝起きのせいかかじってもあまり味がしない。

それでも構わない。空腹をしのげればいい。

かじる。音を立ててかじる。微々たる美味を味わいながら

テレビに目を通すと朝の爽やかなニュースが心を落ち着かせる。

朝のニュースはいい。あまりエグいのをやらないからだ。

夕方や夜のニュースは見れたもんじゃない。

感受性豊かな僕は打たれ弱い。ニュースにはそういう力がある。

だから朝のニュースだけ見ることにしている。

食事を終え、歯を磨く。洗面台に映る自分自身は自分でも分かるほど衰弱していて大きな黒いクマが出来ている。

ため息がこぼれる。

何時になったら終わるのだろう、何時になったら解放されるのだろうか

早くどうにかしたい、この日々を

自殺をする人間はもしかしたら同じ夢を見ているのでは無いだろうか

不安になる。

この地獄から開放されるなら死という選択肢も見えてくる。

 

授業は退屈な物だ。

基本は板書を自分のノートに写す作業、テストも丸暗記すれば点数は取れる。

しかし必修科目だから出るしかない。

退屈だ。

僕にとってこの時間は睡魔との戦いだ。

とても苦しい。

最近気がついたが昼間にはアイツは現れない。

夜一人で寝ている時に出会う、何故だろう、特にストレスのかかる事はしてないはずなのに

眠い。

肘を立てて自分の頭を支える。

板書をひたすらに移す作業は続けないといけない。

目を擦る。

眠い。

シャーペンで腕を少し刺してみた。

痛い。

意識はここに戻ってきた。荒療治だが仕方ない。僕はまたひたすらにノートに書き写す作業に戻った。

普段は長くは感じないこの90分も僕には永遠に感じた。

教授の話も一定で優しくまるで子守唄のように聞こえた。

もう限界だ。

僕はそのあとの記憶はない。

気づけば昼の時間を知らせるチャイムがなっていた。

ランチはいつも彼女と食べる。

毎回大学の中にあるカフェで一緒に食べる。

昼時はいつも混んでいるが今日もいつもと同じ席に座ることが出来た。

「おまたせ」

彼女が来た。モノトーンの私服だ。初めて見る服だ。彼女はいつもより大人っぽく見えた。服に無頓着な僕には着こなせないようなコーディネートでとてもオシャレに見える。

童顔で顔も整っている。僕の自慢の彼女だ。

「美咲はけっこうかかった??」

「最後に小テストやってだいぶ時間かかった、最悪だよね、けっこう難しかったし、しかも成績に反映するんだって、皆からは大ブーイングだよ、だこら嫌われるんだよ、まったく」

「そ、そう」

「あれ、拓海、顔色悪くない?最近体調悪そうだったけど、今日は酷いね?ちゃんとご飯食べてるの??」

「ま、まあ食べてはいるんだけど」

「しっかり食べないとダメだよ、ほら!」

僕の今日の定食の唐揚げを無理やり口に突っ込んできた。苦しい。どうにか飲み込む。呆然と彼女を見る。

彼女はしてやったりの表情でこちらを見てる。

そうして自分の定食を食べ始める。

不満はあるがそれは言わない。自由で奔放な彼女に惹かれた。それは雄々しくもあり、気高さもある一緒にいると圧倒的な安心かで包んでくれる。

とてもいい彼女なのだ。

そんな事を考えてると彼女は既に半分ほど食べ終えていた。

「拓海はなんか悩みとかないの?」

彼女は鋭い。

「んー、悩みね」

「ないの?」

「それが最近寝不足なんだよ」

「バイトとか?」

「いやそうゆう訳じゃないんだけど、なんて言うか悪夢を見るだよね、そのせいで最近ぜんぜん寝れないんだよ」

「何それ、子供じゃないだから」

彼女は笑った。

「そのレベルじゃないんだって毎日毎日ほんと同じ夢を見て、苦しいんだよ、ほんとに辛いんだってば」

「そう、じゃあ一緒に寝てあげようか?」

「何言ってるんだよ」

「別にいいじゃん、付き合ってるのだから何か問題でも??」

「まあ、そうだけど、そういう事じゃないンだけど」

「じゃあ決まりね、バイト終わったら今日泊まりに行くから」

「あ、ああ、」

「なに?嫌そう」

「嫌じゃないんだけど」

「ん?」

「いや、わかった、待ってるね」

「はーい、久しぶりだから楽しみ」

僕も楽しみだ。だが彼女がいたら夢は変わるものだろうか、不安は残る。

今日はバイトは無い。用もない。

夜に彼女が来るだけ、それまで退屈だなまだ寝る訳にはいかない。

冷蔵庫から缶コーヒーを取り出す。朝と同様一気に飲み干す。

苦い。

これ美味しいと思って飲んでる人はいるのだろうか苦いだけだ、僕はただの眠気防止に飲み干す。

そしてYouTubeを見ながら時間をつぶす事にした。

ボーと。睡眠と現実の間にいた。勝手に再生されてる動画を開いた記憶はない。

何時間たっただろうか


そっとソファに腰を下ろしているとチャイムがなった。彼女だ。

「おつかれ」

「お疲れ様」

ロックを外すと彼女は慣れた手つきで冷蔵庫に飲み物と食料品を分けて入れる。

「ありがとう」

「飲む?ハイボール

「ありがとう」

「寝つき悪いって言ってたからさ」

「うん、ありがとう」

優しさに感動すら感じたが、嬉しさと反面、彼女に自分が夢の中で怯えてる姿はあまり見られたくないものだ。

いつの間にか眠りに堕ちていたらしい

寝る前に何をしていたんだっけ

思い出せない。

いつもの白い壁。

いつもの肉の塊。

そこから無数に生えた首。口元からは肉が溢れている。見るに耐え難い。めちゃくちゃに生えた手足もうねうねと動き手招きしているようにも見える。

ソレはとても遅いがゆっくりと近づいて来る。動いた後にはネバネバの液体が床にこびり付く。

いったいなんなんだこいつは?

鬼気迫る迫力は凄まじい。僕は今日も恐怖で動けない。臭気も凄まじい。苦しい。

今日も始まるのか

僕は壁の端まで逃げて座り込み様子を見る。どこにも逃げられないのでこれが最善だ。

目が覚めるのをひたすら待つ。

ソレはまた何かを叫んでいる。あに濁点が付いたものや、おに濁点がついた物を低い声で絞り出している。何を言ってるのかは伝わらない。

僕には手立てがない。何を求めているのだ。

生臭さもあるし、恐怖で足がすくみソレに近寄るのは絶対なは出来ない。

怖い。ただ恐怖があるのみ。

ただ僕に何かを訴えようとしている様子は伝わる。なぜ僕なんだ、僕には何も出来ない。

悲痛な表情は僕に何かを訴えかけている。

どうかはやく覚めてくれ

「こいつのせいで眠れないの?」

え。

そこには彼女の姿がある。

「ここは僕の夢の中だよね?」

彼女は言葉を返さなかった。いつもの彼女なのだろうか、少しいつもと雰囲気が違う気がする。

「ぜんぶ引き抜いたらいんじゃない?」

そういうと彼女はソレに近づいていく。

「え、ちょっと」

どんどん近づいていって肉から出ている首を力いっぱい握った。

そのまま首をを力いっぱい引いてみる。なかなか出てこない。

そうならったら片足で肉を踏みつけて体重をかけてひき剥がす。

大きな断末魔が部屋中を覆い尽くす。

鼓膜が裂けそうだ。

バリバリと大きな音を出しながら首の下の小さな体は肉の塊から追い出された。

生々しく艶やかにひかる男性の裸体。肉片はこびりついている。気持ちが悪い。

「お前名前は?」

彼女がそいつに問いただす。

「は、はあ」

話そうとしてるが言葉が出てこないような様子だ。

「お前名前は?」

彼女は更に冷たく問いただす。

「あ、あ、ありません」

「はあ?じゃなんのためにここにいる?」

「な、な、何も考えないと楽で、そしたら、気づいたらこうなっていました」

「あっそ、次」

彼女はまた肉の塊に近寄る。

ミシミシと音を立てながらまた肉からそいつらを引き剥がす。

「お前名前は?」

「あ、あ、あ」

「話せないの?」

「あ、あ、すいません、すいません」

そいつは頭を抱えて怯えてる。

「次」

彼女はまた引き出した。

「あんたは?」

「ゔー、ゔー」

「なんでここにいるの?」

「あ、あ、あの」

「聞いてあげるから、ゆっくり話な」

「生きるのつらいなって思って諦めて、あ、死のうとしてたら、気づいたら、あ、 ここにいて」

「そう、生きるのはつらいよね、でも人を苦しめてはいけない、それだけはどんなに辛くてもしてはいけない、人は人を苦しめると自分に不幸が返ってくるんだ。だから本当は辛いなら幸せにらないといけないんだよ、幸せになる努力は怠ってはいけない、それで精一杯生きて辛いのも忘れて死なないといけない」

「あ、あ、そうだった、軽い気持ちで書き込んだ、自分が辛かったから人に当たってしまった、酷く傷つけてそして自殺したらしい、でもそれが間違いだった、全部自分に返ってきた、そして飲み込まれた、許してくれ、許してくれ、許してくれ」

そう言ってそいつは消えていった。

「拓海くん、あなたにも心当たりがあるでしょ、それに飲み込まれたのよ、彼女が死んだ時どんな気持ちだった?今どんな気持ち?改められる?」

「」

目が覚める。

コーヒーの香りがする。

キッチンから物音がする。

彼女の姿が見える。落ち着く。

いつも通りの彼女だ。

夢は終わったのか、何日も寝ていた気分だ。

真水の中に絵の具を垂らした何か異物が残るそんな気分だ。悪くはない。

「おはよう」

「おはよう」

「よく眠れた?」

「ああ、今日、夢に出てきたよ」

「私が?」

「そう、めちゃくちゃかっこよかった」

「そう」

彼女は笑っていた。

「よく眠れた、何かスッキリした気分だよ」

「良かった」

彼女は朝食の準備をしていた。

「何作っているの?」

「もう少し待っててね」

クチャクチャと音が聞こえる。

「ん?」

彼女は一生懸命ひき肉を捏ねていた。

 

ウサギ小屋【短編小説】

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ママ大好き。

パパ大好き。

偽りの無い純粋無垢。

「おなかすいたな」話す事は出来ない。

僕の世界にはウサギさんとわんちゃんと猫とお兄ちゃん。そして弟妹。

愛とは一体なんだろう、子は親を選べない。彼は世界を知らない。それは幸福な事だろうか我々は守る事は出来なかったのだろうか、しかし子は親を愛していた。

僕の部屋はここ。僕の世界はここ。

サクは知らない。外の世界を知らない。ここの世界が全て、このやや狭いウサギ小屋がサクの世界の全て。サクは愛されている。サクは愛されている。サクは愛されている。

世界は広い、本当は途方もなく広い、しかし子供のサクはこの部屋が全て。パパもママもサクを愛していた。サクもパパとママを愛していた。

何故事件は起きた?何故事件は起きたのか、ママとパパは本当に分からなかった。常識は誰にとっての常識なのか彼らは知らなかった。彼らもそう狭い世界で生きてきたから

3歳のサクはおむつ姿でエサは2〜3日に一回。サクは泣く、叫ぶ、それしか出来る事はない。今日もサクは泣いた。「五月蝿い!」泣くとすぐに叩かれる。泣き止むまで、叩かれる。何故?サクには分からなかった。痛みと音、怖い。

でもいつもは優しい。みんな好きだ。みんな優しい。お腹は空いたけど、この世界は賑やかだ。

バレたら家族がバラバラになってしまう。子供の事は宝だと思っている。

そうパパは言っていた。

サクの1日はこのウサギ小屋で始まる。窮屈だ、しかしそれも仕方ない。兄たちは外で遊んでいる、とても楽しそうだ。サクも出たい。しかしそれは叶わない。羨ましそうに見つめる事しか出来なかった。

出してと伝えても叩かれるだけだった。伝える手段も持たない。でも1日に一回はここから出してもらえる。それは楽しくてたまらない。皆大好きだ。楽しい。楽しい。楽しい。そう思っている。全く偽りは無く楽しい日々。
サクにとっては両親は神である。それはほとんどの子供にとってもそうだろう。子にとって親は神。世界の全てはこの部屋。井の中の蛙。そんな難しい物では無い。シンプルなものだ真白の画用紙。純粋無垢なのである。何も知らない。でも誰もが通った道だが、理解するのは難しい。いや理解してはいけないのだ。しかしこの現代現実にある世界なのだ。サクは何も知らず幸せのまま死んだ。

それは誰のせいなのだろう、神のせいなのだろうか、解らない。

✳︎

しかし父であるマコトも悲惨な生い立ちだった。

マコトの母親はモンスターと呼ばれていた。風貌や性格それは全てモンスターというのがまさに的を得ていた。モンスターは中学卒業後には水商売を始めて、マコトを含めて5人の子供をもうけた。ただ子育ては全くせずに子供達は乳児園に入れられていた。マコト自身幼少期の母との思い出はほとんど無かった。子供の中には出生届が出されていない子供もいた。
「母はいない、本当の母は別にいる、きっと本当の母親は優しい人だ」
とマコトの幼少期は妄想していた。モンスターは子供が施設からもらうお小遣いを取り上げて子供たちを児童養護施設に押し付けていた。
「ほら、それをよこしな」
「はい」

マコトたちが働ける年齢になった頃にはバイト代までも奪っていた。
「ほら給料出たんだろ、よこしな」
「え、でも」
「あんたたち今まで誰のおかげで生きて来られたと思ってるんだい?少しは親孝行したらどうなんだい?」
「嗚呼分かったよ」
それでもモンスターはマコトのこと「愛してた」と言い張っていた。だがその愛情は根本的にズレていたのである。子供たちの金銭を奪ったり、夜の街を一緒に連れ歩いたりし、それでも子供に飽きてくると児童養護施設に追い返した。
「愛してる?」
「愛してる?」
モンスターにとっては子育てというのは責任のある使命ではなく飽きたら突き放す玩具に過ぎなかった。彼女自身も狂った理由もある筈だがそれはマコトにとってはどうでも良い事だった。中学を卒業してからは一緒に住むようになったが、モンスターはソープランドの仕事に明け暮れろくにアパートには帰る事はなく、家事などはほとんどする事は無かった。会話もほとんどなくマコトの世界も徐々に形成されていった。
マコトはモンスターの世界に浸る事で、まともに人と付き合えないような人間になっていった。モンスターに人並みの愛情を貰うことが出来なかったマコトは、他人を命を大切に思う気持ちが歪んでいった。何度も何度も裏切られ、人を信用する気持ちを持つことが出来なかった。皮肉にもその思考はモンスターに酷似していく形になり、行動は衝動的に思いつきで生活する大人になっていた。

マコトは20歳になっても同年代の人と付き合う事は出来なかった。マコトはかつて自分が在籍していた児童養護施設の小学生とばかり遊んでいた。そして正月にはサスケごっこという遊びをしていた。それは民家の屋根によじ登って大騒ぎをする。マコトは成長できていなかったのだ。精神年齢は幼児のまま。アルバイトを始めるがどれも長くは続く事は出来ずにいた。転職を繰り返し、女性関係も無いままホストクラブでホストになっていた。

✳︎
母であるリョウコもまた悲惨な生い立ちだった。リョウコの母は中学卒業後にホステスとなり、入れあげたホストとの間に未婚のまま子供を産みそんな生活を続けていた。その長女がリョウコであった。

その後に長男ができた事から籍を入れるが一度も同居しないまま離婚。それと同時に付き合っていた別の男性と再婚をしてさらに3人の子供を産んだ。血の繋がりの無い父親と血が通わない母親、そんな家庭で育った。

リョウコの母もモンスターと呼ばれていた。近隣住民とたびたびいさかいを起こしては引っ越しを繰り返す、そんな生活を送っていた。リョウコ達はそんな母親にずっと振り回されていたのだ。

リョウコの母親は再婚後もホストクラブに通うなど性に奔放であった。リョウコは中学進学以降はその影響を受けたように性に関するトラブルを何度も起こす。

中学校では恋愛によるいざこざから不登校になり、卒業後ではチャレンジスクールに通いそこで体を許した先輩に妊娠したと嘘ををついて中絶費用を騙し取ろうとして退学になった。その後のリョウコは水商売の世界に入る事になった。そこで客との間に子供が出来た、そして未婚のまま出産。養育費として250万を手に入れる事が出来た。
第一子を産んだその後はリョウコは母親に連れられてホストクラブに遊びにいくようになっていった。そこで働いていたのがマコトだった。二人は出会って5日後に肉体関係を結び、1ヶ月もたたないうちに赤ん坊とともに同棲生活を始めた。そして7年間で7人の子供を出産する。その中にサクもいた。

7人も子供がいたら養育費はかなりの額にのぼるだろう、だが、2人には計画性というものがまるで無かった。マコトは定職には付かず職を転々としていた。当然生活は成り立たず、粉ミルクを万引きして転売したり、親戚から借金を重ねたりした末、生活保護に頼っていた。子供が多い分全ての手当てを含めると月に30万以上受け取っていた。それからは働く事は無くなっていった。

マコトとリョウコは夫婦とは名ばかりで、良識の無い男女がホストクラブで出会い何の計画性もなく毎年子供を作っていただけだ。

そんな二人がまともな家庭を気付く事は出来なかった。子育てを出来る訳もなかったのだ。子供を産めば誰もが自然に親になれる訳では無いのだ。

事実として家庭環境は劣悪だったとしか言えない。2人は7人の子供と他に10匹を超える次から次へと貰い受けては育てられずに死なせてします。いや殺してしまうのだろう。その部屋にはゴミがいたるところに転がり子供達は用の足し方も教えて貰えず犬と同じように床に垂れ流していた。髪も爪も伸び放題でまともに会話をすることもできない子供もいた。

しかし夫婦はこの状況をおかしいとは思っていなかったようだ。自らも親に放って置かれた経験しかないため、常識や普通や愛情は歪んで全くその間違いに気づいていなかったのだろう。だからこそサクや次女がイヤイヤ期の2、3歳になって食器を散らかすようになったとき、それを静める方法がわからなっかたのだろう。マコトとリョウコは話あって、こう結論を下すことになった。

「サクは家を散らかすからウサギ用のゲージに閉じ込めよう、次女は犬用の首輪でつないでおけばいい」

彼らはペットの養育と人間の養育の区別がつかない。判断が常識がバグっていたのだ。ペットをケージに入れて飼育する感覚で全く悪びれずに我が子を監禁したのだ。

2人に罪悪感がないのは、その後の行動からも分かる。彼らは逮捕後にこんな事を話していた。
「五月蝿いから、しつけの為にケージに閉じ込めている」
それが彼らにとって本当に当たり前のしつけだと思っていたのであろう。実際彼らは子供を監禁しながらも堂々と子供を愛してたと語っている。

彼らの家族写真や手紙には、ケーキを囲んで誕生日会をしたりお風呂のに入ったり写真があった。また虐待する親と、虐待を受ける子を愛しむ手紙もあった。それは虐待親なりの歪んだ愛情がそこにはあったのだろう。

自分たちの罪に無自覚な分だけたちが悪い。夫婦は子供達を閉じ込めたらどういうことになるのか考えず、想像する事も出来なかったのだ。

ある晩ウサギ小屋に閉じ込めていたサクはパニックを起こしてしまった。泣いて叫んだ。マコトは静かにさせようと思ってタオルで口に巻いてそのまま寝た。数時間後サクはそれが原因で窒息死した。

「サクが死んでるよ」

リョウコは浴室で冷水をサクにかけていた。本当にそれで蘇生すると思っていたのだろう。

夫婦は気が動転した。子供が死んだ事がバレれば家族がバラバラになってしまうと思った。それだけは何としても防がなければならない。それで夫婦で話あっておむつ用の段ボールにサクを入れ、大好きだった自然に埋めることにした。車の中には長女や長男も同乗させて埋める時は二人には手伝ってもらった。

サクは冷たく硬くなっていた。とても寒いけど暖かい家族に見守れながらそっと土に帰っていった。幸か不幸か寂しい別れではなかった。家族はみんな悲しんだ。
「ほら、サクにバイバイって言った?」
「うん、バイバイ」
「サクとはもう会えないの?」
「うん、どうだろう、もしかしたらまた会えるかもね」
「ふーん、バイバイ」土に向かって手を振る。
他愛の無い会話を繰り返す。子供には死を理解させるのは難しい。
真っ暗な空の下彼らは速やかにサクの遺体の埋葬を遂行した。愛する者に祈りを込めて。

そして彼らはまた朝日を迎えていた。暖かい日差し。どんな辛い事があっても太陽は必ず昇る。子供達を起こして出かける準備を始める。今日はディズニーランドに行こう。寂しいのは嘘じゃない。悲しいのも嘘じゃ無い。でも人は前を向かないといけないのだ。リョウコの出産も控えている。残されたもが出来る事は。サクの分まで笑ってそして忘れない事だ。

きっとまた会えるよね。

【しょくざい】第一話【最後の晩餐】

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ここはレストラン。

ここはいつも大盛況。

人々は罪を償い。

また命と向き合う。

永劫の輪廻の中で。


 

他の作品も是非読んでみてください。
随時投稿しています。
表紙の画像も募集しています!
人気があれば続編を書きます。


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 ここは地獄。あるいは煉獄。ここにいる人間は生きてはいない。命のあるの者は1人もいない。娯楽のない虚無の世界。ここに堕ちた全ての人間は罪を償う為に集う。
 時間を知らせるチャイムが鳴り響く。甲高い音だ。とても耳障りである。罪人達は何も無い四角い部屋で一日が始まる。何も無い白い壁。6畳程度だと思われる間取り。家具はない白い布団があるだけ。広々とはしていないが息苦しいほど狭くもない。罪人たちがここからは出られるのは仕事の時だけだ。寝て起きて務めを行いここに戻る。現世でいう囚人のような生活だ。部屋は就寝する為の空間だ。それでも罪人達には充分な空間である。
 設楽和樹。享年35歳。長身で一見爽やかな男だ。生前は実年齢より若く見られる事が多かった。彼もまた罪を償う為にこの地獄に呼ばれて来た人間だ。何も無い部屋で設楽は大きく背伸びをして深呼吸をひとつする。煙草の香りが懐かしく恋しい。
 設楽はここに来てもう三年ほどが経つ。長いようで短くも感じていた。生前設楽が想像していた地獄とはまるで違う物だった。彼は地獄というのは芥川龍之介の描いた血の池や針の山がある物だと思っていた。ボロボロの囚人が獄卒に追い掛けられ悲鳴を上げ逃げ惑うそんなおどろおどろしい物を想像していた。
 それがどうだ実際来てみたら針ひとつもないではないか悲鳴などは聞こえない。現実は静かで暖かい。とても心地よく過ごしやすい気候ですらある。勿論ここはここで大変な事もあるが時には幸福すら感じる日もある。この耳障りなチャイムで起きる寝起きはキツいが気持ちを落ち着かせて務めに向かう。
 設楽は慣れた手つきで身なりを整え部屋から出る。白くて長い廊下だ。何人か人がいるが誰も見向きもしない。ここでは特に愛想良くする必要もないからだ。今日も設楽の白髪混じりの髪も七三分けにきっちり整えられている。そこまでは部屋に備えられた水道を使えば出来る。だが黒染めまでは出来ない美容室に行きたいと設楽は願っていた。それでも肝心な服装は上着にはシミ一つない割烹着。服装は毎日洗濯してもらえるからだ。ズボンの上から黒い前掛けを結ぶ。締めつけと共に気合いが入る。準備万端だ。廊下を渡り勤め先に向かう。
 ここは地獄だ。罪人達には閻魔から与えられた務めがある。罪人はそれぞれ罪の次第で派遣先が別れる。設楽の地獄は料理だ。
 料理地獄とも命名しようか、それはその名の通りここは料理を作る地獄だ。まだ客のいない閑散とした店内。アンティークなカフェのような世界観。設楽は厨房に入る。1番早かったようだ。まだ誰もいない。真っ白い壁に並べられた椅子。カウンター席10席。テーブル席15席の飲食店。厨房には真っ白な食器が大量に並んでいる。そして店内にはオブジェに観葉植物が何本か置かれている。気持ちが安らぐ。ここは本当に地獄なのかと疑うくらい穏やかだ。外からの見た、見た目もこじんまりとしたレストランだ。なので当たり前のようにここに来る人間は皆驚く。設楽にとっては慣れた光景だが時に務めは忙しい事もある、だが設楽はやりがいすら感じていた。 
 設楽に与えられた地獄はここで料理を作りづけることだった。毎日毎日料理を作る。毎日毎日料理を作る。毎日毎日罪を償う。休みはあるが娯楽はない。映画は無いしドライブも出来ない。休日はつまらない。今では仕事の方が楽しいくらいだ。それに仕事にはだいぶ慣れてきた。地獄も板についてきたところだ。
 開店までまだ少し時間がある。客はまだ来ない。ここに来る客もまたクセがある。ただの死人ではない。ここに来る客は全て自ら命をたったものだ。彼等にとってはここは煉獄。己の命最後に見つめ直して罪人の料理を食べる時間。それは苦しく儚い。
 ただ設楽の想像通りの地獄もある鬼の存在だ。彼らは法である。脱走やルールを破った者に罪を与えるものだ。
 彼らは絵本に出てくるような真っ赤な巨漢ではない。恐ろしい赤い般若のような仮面は被っているもの設楽よりはすこし大きい人型だ。罰の時は非常に振る舞う文字通りの鬼だが普段はきさくで大人しい人だ。おそらく彼らも何か罪を犯した罪人なのだろう。
 鬼に聞くには地獄には色々な種類があるらしい。炎熱地獄。針地獄。無間地獄。ここは食地獄。そのままの意味で食を作り続ける地獄だ。正直料理好きにはアタリだろう。
 それに地獄と言っても休憩はある。体は生身のままだから疲れは伴うし痛みもある。寝る以外はすることは無いのだがそれぞれ罪人達は空き時間を工夫して案外楽しめんでいる。週ごと朝昼晩の3交代制。
 この地獄はいつまで続くのか分からない。それは知ることは出来ない。それぞれの罪の重さにより刑期は様々。無限に働くという恐怖は計り知れない。あまりの恐怖に気が触れた者を1度見た事があったがあれは尋常ではなかった。狂うとはまさにアレのこと指すのだろう。なので設楽は考え過ぎないようにしている。
 生身なので眠くはなるし腹も減らも減る痛みもある。だが死なない。死んでいるから。
 いっその事理性も奪ってくれれば良いのにと彼等は願う事もある。彼等は完全に神とやらに遊ばれているのだ。ただここに来る客に毎日料理を提供するだけ。辛い地獄だ。   
 鬼の話によるとここはまだましの地獄らしい。だが刑期は教えて貰えないしこの後自分達がどうなるのかも教えて貰えないない。確かに罪を犯したが人間界では償った筈だと思う。命を代価にした筈なのにと訴えても何も変わらない。なのでもう諦めた。時々頭がおかしくなりそうになるが神とやらはそれすら許すことはない。悔しいが設楽は考える事を辞めた。白い割烹着に着替えて今日の客を待つ。
「おはよう」
「おはようございます」
 設楽と同じ割烹着を来て気だるそうな挨拶をしてきたのはこの地獄で設楽の先輩の石田正人だ。石田の見た目はいかにも悪人顔で近くで見るとかなりの迫力がある。それに石田の犯した事件はテレビに何度も映っていた。毎日毎日ニュースに取り上げられていた。なかなか大きく取り扱われていたのでそれを設楽は覚えていた。ニュースを見るだけで気分が悪くなるような事件だ。設楽もそれを見ていたので最初は戸惑っていたが毎日接しているうちにもう慣れた。ここでは殺される事は無い。不思議な出会いもあるものだ。
「おはよう」
「おはよう」2人で同時に挨拶を返した。
「はやいな2人とも時間ギリギリまで休めばいいのに、あんまり頑張ると死ぬぞ」
 ここの料理長の高瀬だ。目が細く丸々太っている。料理長と言っても勝手に私達が読んでいるだけなのだが、しかしここではしっかりと料理の腕は一番だろう。生前は大手ファストフード店のオーナーをした事もあるらしい。笑えないギャグは毎度のことしんどいが面倒見がよくとても罪人達に慕われていて優しく良い人だ。しかし生前は30人以上人を殺めているド変態元死刑囚だ。
 始まりの鐘がこの孤高の店に鳴り響く。ゴーン。ゴーン。鐘の音と同時に休憩室からぞろぞろとシェフたちが出てくる。ここにいる人の共通点は生前に料理の仕事についていたことがあるかで選ばれているらしい。社会人として料理人だった者やアルバイトで少しやった事のある者が集っているようだ。時代や職種は違えども特殊な出会いがあるものだ。
 そしてみなそれぞれ持ち場につく。設楽は今日サラダ担当だ。億劫そうに持ち場につく。暇で不安に押し潰されないように気を紛らわす為なるべく多く注文があるとありがたい。
 少し古びたドアは木と鉄が擦れる鈍い音で入店が分かる。変えることはないのだろうかと時々思う。案内係の鬼に誘導されて1人の女性が入って来た。
「いらっしゃいませ、こちらの席にどうぞ」
 料理長の高瀬がカウンターの席に通した。女性はとぼとぼとふらつきながら席についた。案内と同時にテーブルの上にお冷とカトラリーを置いた。女は暗い顔をして呆然とお冷グラスを見つめていた。そしてその女性は静かにうつむいている。何分経過しただろうかなかなか動こうとしない客にしびれを切らして料理長が話しかけた。
「ご注文がお決まりでしたらお声掛け下さい」
 女性は俯いたまま口をまごまごさせて何か言ってるような気もする。ハッキリとは何を言ってるのかは分からなかった。暗い人だと思うがが確かにここの客はそういう人が多い。正直誰とも話したくないだろう。死んだすぐに食欲もあるはずもない。だがここで食べないといけない。これが煉獄。これが彼女たちに背負わせれた贖罪。命の時間だ。
 30分くらい経っただろうか彼女はじっと俯いたままだ。料理長はまた話しかけに行った。 
「ご注文がお決まりでしたらお声掛け下さい」料理長はもう一度言った。
「あ、あの、申し訳ありませんがまったく食欲がありません」
「なるほど、ごゆっくりでも構いません、お腹がすいたらご注文ください。軽いメニューもございますよ」
「あ、はい、では、あの、メニューとかは」
 とても小さな声で彼女は言った。厨房にいる設楽達には何も聞こえなかった。
「メニュー表はございません、お客様の好きな物を全てお作りします」
 この店にはメニューは無い。即興で作り客を満足させないといけない。なんでもと言われるのと逆に難しいと思うがしかしそれがここのルールだ。従って貰うに他ない。
 料理長が優しく対応している。その姿はもと死刑囚とは思えない。私達も料理長越しに客の様子を伺う。
「なあ、何だと思う?」石田と設楽が厨房の奥でコソコソ話す。「まあ、借金とかじゃないですか」小声で話す。
 ここに来る客は全て自ら命を絶った者だ。料理を作る以外娯楽の無いこの空間では死因を当てるゲームをして楽しんでいる。不謹慎だが盛り上がる。いや他に楽しみが無いだけだ。
「やってみるか?」
「いいですよ」時々彼等は勤務時間を掛けて勝負をすることがある。設楽の場合は自信がある時しかしない。
「石田さんは何するんですか?」
「そうだな、失恋に1日掛ける」
 せっかくだが賭けにはならない何故なら趣味のない設楽にとって仕事をすることが苦痛では無いからだ。設楽は上手く賭けをする。勝っても負けてもどっちでもいいのだ。彼等は対等では無い設楽にとってリスクが低い。
 客の女性はずっと俯いてる。無理もない相当な覚悟でやっと死ねたんだろう。食欲がある方がおかしい。自然なことだろう。ときどき元気な死人が来る事もある。そいつはすぐに決めてすぐにここを後にする。だがそれは稀な話だ。
「話しかけてこいよ」
「あー、そうですね」
 設楽は億劫だった。だが賭けの答えも知りたい。何よりさっさとここを後にして貰いたい。長居されるのはごめんだ。ずっと居られても回転率が悪くなる。売り上げなんてものはないけど辛気臭くなる。それはそれで億劫だった。設楽は渋々その中肉中背黒髪ストレート女に話しかけにいった。
「こんにちは」
 女性は俯いてる。顔を合わせもしないで無言が続く。だがしかし自殺者しか来ないこの店でそんなことは慣れている。時間も無限にある。話しかけられるのを待つ。
「あの、、」小さな声だった。女性がやっと声を絞り出した。「はい?」
「あの、ここはどこなんですか?私、私はっ、ここはどこなんですか?」早口で捲したてる。それもそうだろう。皆考えることは同じだ。訳も分からず連れてこられて不安だろう。設楽は優しい口調で答えた。
「ここは死後の世界と現世の間のレストランですお客様が満足して成仏できるように存在している空間です」
「夢、、?私は、私は死んだはず」
 目を細めて挙動不審に当たりを見渡す。
「現実です、あなたは死んでここに来ました」
 また女は黙り込んでしまった。少し安心したよう、そして少し不安そうな表情をしている。それもそうだろう死後まもないし無理もない。唐突過ぎる話だ。何時間経っただろう数秒の沈黙が永遠に感じる。厨房の奥の足音が鮮明に聞こえる。この沈黙が両者にとっての1つの地獄だろう。苦しい。
 設楽にとって苦手なタイプの女性だった。設楽は自ら命を捨てる行為に抵抗があった。嫌悪感と憤りが腹なの中で渦巻く。
 やるせない話でもあるがここでは自ら命を経った者も罪になるのだろう。だからここで料理を食べないと終わらない。罪人たちは罪人たちの料理を食べて命と向き合わなければならないのだ。
「あの、私いらないです、何もいらないのでもう結構です」
 長い沈黙を終えて女が話し出した。
「分かりました。お気持ち察します。でもそういう訳にはいかないのです。お食事を召して頂かないとこの先には行けないのです」
「なんでですか?本当にいらないです」
「決まりなので」設楽は満面の作り笑いでそう答えた。そしたらまた彼女は黙り込んでしまった。
「では決まり次第お声かけください」
 設楽はまた満面の作り笑いでそういう。それでも彼女はまだ俯いたままだ。設楽はそっと厨房に帰って行った。こういう人は多い。仕方の無い事だと諦めている。自ら命を捨てると覚悟を決めてここに来たのだろう。食欲は無いのは当然だろう。だが私達にも与えられた罰があり何か食してもらわないいけない。何かを食して貰わないと彼女もこの先に行けないし私達もこの先に行くことは出来ない。
「どうだったよ」
「マグロですね」
 下品な言葉だがここではなかなかメニューを決められないで何も話さない人を設楽たちはマグロと読んでいる。石田も設楽も待たされることに昔はイライラしてたが今では我慢出来る。大人になったものだ。
「かかりそうか?」
「そうですね、適当にサラダでも頼めばすぐ終われるのに、ダラダラ黙り決めると余計時間がかかって辛いんですけどね」
「まあ、待つしかないな。しかし若いのに勿体ない」
「まあ、事情があったんじゃないですか?どうせ借金とかだと思いますよ」
「そうかな何であれ俺は自殺なんてしたいと思ったこと1度もないけどな」
「そうなんですか?俺はときどきありましたよ。警察にパクられるくらいならすぐにここ来た方がマシでしょ」
「まあここの存在を知ってたらな」
 私はまた客を見る。腕を組み頭をテーブルに伏せている。
 視線をキッチン内に入れると料理長は黙って仕込みを整える。真面目な人だ。何が注文されるかも分からないのに。他の従業員も各々持ち場で時間を潰している。設楽は入店当時は待てずにイライラしていたが今では平気で何時間でも待てる。早くしてもらうことに越したことはないのたが仕方がない。
 2
 女がこの店に来てから1時間はたっただろうかやっと顔を上げてぎょっとした目で厨房を見た。重い口を開く。
「あの、」
「はい」
 注文が決まったのだろうか設楽は駆け足で女性の方に向かう。
「ご注文がお決まりですか?」
「何でも出来るんですか?」不安そうな顔で設楽に訴えかける。
「はい、何でも出来ます」
 女は少し考え注文を続けた。
「ハンバーグ、大根おろしの乗ったハンバーグ作れますか?」
「はい、大丈夫です。かしこまりました、サラダやライスも付けますか?」
「あ、はい、お願いします」
「かしこまりました、では完成まで少々お待ちくださいませ」
 女は暗くあきらかな作り笑いで注文をした。誰だって死んだ直後はパニックの筈だろう。彼女も苦しい筈だ。まだ整理出来ていないだろう。今だに食欲も無いはずだ。人とも話したくもないだろう。それでも彼女は選ばなければならない。それが煉獄。地獄の食堂だ。
 設楽の解釈ではこれこそが彼女たちにとっての罰なのだろうと思う。ここは煉獄そして地獄。料理を作る側も料理を食す側も何かを考えて命と向き合いながら食事という行為を終えないといけないのだ。作る側も食す側も互いにとっても罰に違いない。彼女は今何を思うのだろう。後悔だろうか安堵だろうか。
「おろしハンバーグ、サラダセット」設楽は厨房に戻りメニューを伝えながら持ち場に戻った。
「どうだ、死因分かったか?」石田は冷たく微笑し設楽を急かす。
「いや、まだわかりません」
 設楽は冷蔵庫からサラダ用に仕込んで置いた一口サイズのレタスを取り出して真っ白な皿に綺麗に盛り付けていく。ベーコンは適量に切り分けて軽くオーブンに入れて炙る。その間に粉チーズを緑緑しいレタスにまぶす。チーズの香りが食欲をそそる。そこに温泉卵を割り真ん中に盛り付ける。とろみがレタスの間を駆け下りる。ちょうどベーコンも焼けた頃だろう、トースターから取り出し卵にはかからないようにレタスの上に置く。その上からクルトンをまぶせば大概は完成だ。マヨネーズ、チーズ、黒コショウ、すりニンニク、ヨーグルトを掻き混ぜて仕上げのソースを作る。後は綺麗に振り掛ける。シーザーサラダの完成だ。
 設楽は満足気だった。今日は綺麗に出来た。なかなか自信作だ。何個も作っていると卵の位置が中心に無かったりベーコンの焼き加減がイマイチだとかと気になってしまったりするが今回はドンピシャの真ん中に決まった。ベーコン焼き加減も絶妙。
 しかし食べられる時はそんなこと関係のないことだ。口の中に入れば皆一緒だ。それでも小さなこだわりが設楽にとっては些細な楽しみの一つである。最後の晩餐に不足なし。「ハンバーグはまだかかりそうですか?」
 料理長はフライパンの上にあるハンバーグを見ていた。
「まだかかるから先に出していいよサラダ」
「分かりました、先に出しますね」
 設楽が皿を待ち運んで行こうとすると石田が念押して死因を聞いて来させようとするが、そんなことしたら食欲が無くなるだろう、聞くにしても食後にしようと思う。石田のこういう所が少し面倒だと設楽は思う。
 カウンター越しに見る女はまたもうつむいている。明るくしろとは言わないがこうもうじうじされると私達まで気が滅入るものだ。もう少し凛として貰いたい。
「お待たせ致しました前菜のサラダでございます」
 そっとテーブルにサラダを添えると設楽はお冷が空になっている事に気が付いた。
「何かお飲み物は?」
「あ、お水下さい」
「かしこまりました」
 私はピッチャーを取りに厨房に帰ると料理長はまだハンバーグを焼いていた。客のいないせいか何時もより時間が長く感じる。
 透明のピッチャーを取りに戻る。大きな冷蔵庫には沢山の飲み物が並んでいる。ジュースからアルコール何でもある。
 女性のグラスに水を注ぐ、水を入れると中の氷が少し縮こまり氷同士が擦れ横に滑った。グラスの周りについた水滴が店の照明を反射して輝いていた。設楽はその様子をじっと見ていた。
 女性はそんな設楽を一瞥もすること無くサラダをフォークでザクザクと突きながら少しづつ口に運んでいた。
「いかがでしょうか?」
「あ、はい、美味しいです」
 少し笑って見えたがそれが作り笑いなのは見え見えだ。無理してここにいるのがひしひしと伝わる。そもそも大概の人間は作った人を目の前にして不味いと言わないだろうし今まで言われたことはない。それでも設楽は会話の入口を探していた。
「あの、お名前聞いてもよろしいでしょうか?」
 まるでナンパ師のような挿入だが恥など無い、客と話す。少しでも情報を得る。人生を知る。これくらいしかここには娯楽が無いのだ無駄にはしない。
 女性は少し間を空けて重たい口を開いた。
「遠藤です」
「遠藤さんですね、こんな事急には難しいかも知れませんがせっかく楽になったんだしもっと気楽になってもいいんですよ」
 設楽は絶対にバレない満面の作り笑いで言った。
「あ、はい」彼女はまたひきつった笑顔でそう呟いた。
 設楽ははこのタイミングのコミュニケーションはこれ以上出来ないと思い諦め厨房に戻ることにした。
「どうだった?」石田はしつこく聞いてくる。
「まだわかんないです、食べ終わったら聞いてみますよ」
 石田は設楽の仕事であるはずのハンバーグのプレートに付属する一口サイズのにんじんとポテトとナスをカットしていた。
「ありがとうございます」
「はいよ」 
 料理長はハンバーグを乗せるプレートに油をひいた。白い煙が上がる。準備が出来たようだ。そっと脂のひかれたプレートにハンバーグを乗せる。さらにその上にソースをかけて完成だ。ハンバーグのいい香りが店中を包む。
 料理長からプレートを受け取り仕上げににんじんとポテトとナスを盛り付けて完成した。設楽はそっと女性の方に料理を運ぶ。
「お待たせ致しましたハンバーグでございます」
 じゅーと油が弾ける音と肉とニンニクの香りをのせた煙が真上に立つ。女性は少し頭を下げ。料理の方を見つめていた。人がいると食べにくいだろう。聞きたいことは多いが渋々設楽は一旦厨房に戻る。
 厨房から見守る事にした。女性は肉を一口サイズに切り分けて口に運ぶ、少し熱そうだ、続けて米を頬張る。
 言葉を口に出さないがここから見る表情から察するに不味いと思っていないだろう。食べるペースも悪くない。しっかりとは確認出来ないがサラダは既に完食されていると思う。料理人達は自分が作ったものを「美味い」とそう食べて貰えるのは素直に嬉しい。至上の幸福である。料理人冥利に尽きる。
 設楽は娯楽に飢えていた。最後の晩餐で命を考える本来の目的をわすれている。設楽料理が楽しくてしょうがない。本当はメインのハンバーグを作りたかった。こればかりは順番なので仕方がない。こんなにこの地獄を楽しんでいるのは恐らく設楽か料理長くらいだろう。
 料理長は焼いたフライパンを鼻歌交じりに洗っていた。直接誰かが聞いたことは無いが料理長も地獄を必ず楽しんでいる。これは閻魔の判決のミスだろう。娯楽なんてものを感じてはいけない人間だ。そもそもそんな地獄を作ってはならない。上の連中の考えることは到底理解出来ない。
 設楽は視線を彼女に戻すと黙々と食べていた。半分くらい進んだろうか退屈が設楽を襲う。開店直後ということもあり次の客がなかなか来ない。暇だ。
 石田含め他の従業員も退屈そうにしている。サラダを作った設楽ですら暇なのだから何もしていない人達はさらに退屈だろう。退屈地獄だ。
 地獄の最高位には無間地獄というのがあるらしい。文字通り何も無い。耐え難い恐怖だ。想像するだけで恐ろしい。何も無いという恐怖は世の中にある絶望を全てを凌駕するだろう。そこにだけは行きたくない。
 今の現状まだ彼らは女が食うのを見ることが出来るだけマシな筈だ。無間地獄に行かなかったことに安堵する。
 3
 食べ終わっただろうか、盛り付けの野菜はまだ残っている。だがフォークをライス皿に起き手に取る気配は無い。
「終わったか?」
「そうですね、多分終わりましたね」
「意外とちゃんと食べたな、俺は死ぬ前後全く食欲無かったけどな」
「そうですか、私は大丈夫でしたよ。こっち来てから直ぐにけっこう食べましたし。けっこう腹減ってたんで。あ、終わったようなんでそれじゃあ行ってきますね」
 彼女の方に向かう、設楽が動いたので一瞬目が動いたが体は俯いたまま動かないままだった。
「いかがでしたか?」
「あ、美味しかったです」
「それは良かったです。少し落ち着きましたか?」
「あ、はい」
「あのひとつ聞きたいのですが、今回はどうしてこちらに来られたのですか?」
「それは」
「はい」
「え、あの、い、言わないとダメですか?」
「いえ、勿論義務ではありませんが、恐らくここが人と話す最後の機会になると思います、最後に少し話してから行きませんか?」
「え、この後私どうなるんですか?」
「魂が浄化されて新しい命に生まれ変わると聞いています」
「あ、そうなんですか、浄化、新しい命」
「多分そんなに怖い物じゃないと思いますよ、私は行ったこと無いですけど」
「あ、そうなんですか」
「どうですか、少しお話聞かせて貰えないですか?」しつこいと思われようが嫌われようが構わない、もう二度と会わないのだから。
「首を吊ったんです」一瞬面食らって間が空いた。
「どうして?」それ以上踏み込んで欲しくないのだろう、また間が空いた。それでも設楽は逃げ出さなかった。彼女が思い口を開く。
「浮気です、旦那がずっと浮気してたんです。最悪です」
 答えが案外すぐ分かった。
「そうですか」
「3年間も浮気してたんです、気持ち悪いです、結婚してからもずっと、本当に私の人生返して欲しいです」
 彼女は食べ終わったプレートを睨みながら捲し立てた。設楽はその迫力に狂気を感じて生唾を飲み込んだ。体も1歩引いていた。厨房までもその声は届いただろう何人かがこちらの様子を確認する。
「そうですか」
「最低です」
「なら何で自殺なんかしたんですか?旦那か浮気相手を殺せば良いじゃないですか?」
 設楽は無心でそこにあった疑問に純粋な心で質問した。
「ころす、私にはそんなこと出来ません、ですが私はあいつの買ったマンションで首を吊ってやりました、私の死体を見てきっと後悔してるはずです」
 設楽には理解が出来なかった。そんなこと意味があるのか、憎い相手なら直接危害を加える方が合理的のはずだ。何ともスッキリしなかった。
「きっと後悔してるでしょうね」
 料理長が心配そうに私たちの話に割り込んできた。
「はい、そうでなければ意味がありません」
 冷静になったのか声量はだいぶ小さくなった。グラスを手に取り水を飲み干した。料理長はそっと質問をする。
「最後にデザートとかはどうでしょう?」
「あ、はい、何があるんですか?」
「そうですね、基本何でもありますが、何でもあると逆に難しですよね、オススメマンゴーアイスとかイタリアンプリンとかですかね」
「アイスがいいです、マンゴーアイスでお願いします」
「かしこまりました」
 人は何かを隠しているものだ。だが人は秘密をバラしたいものだ。設楽と料理長はその野菜の残ったプレートとライス皿を持ち厨房に戻った。洗い場の大場に渡した。
「どうだった、失恋だったろ」
「んー、まあそうですね、いいですよ石田さんの勝ちで」
「よっし、1日分な」
「私には理解できませんね、浮気くらいで死ぬなんて」
「まあな、愛するとかより、信じていたものに裏切られたってことが許せなかったんだろうな」
 石田は賭けに勝ち嬉しそうだった。仮に休みでも趣味のない設楽には暇なだけなのにと思い石田のその嬉しそうな表情には納得は行ってなかった。
「マンゴーアイスお願いします」
「はいよ」
 石田はニヤニヤしながらマンゴーアイスをすくう。そして冷えた食器に乗せる。カットしたマンゴーも飾り付けして完成だ。
「いらっしゃませ」
 ここで新しい客が入ってきた。また料理長が対応するようだ。設楽は綺麗に飾り付けられたマンゴーアイスを彼女のところに持っていった。
「マンゴーアイスです、少しは落ち着きましたか?」
「はい、だいぶ、その、旦那はどうなったのでしょう」
「あー、そういうのは私たちには分かりません、自殺をすればもしかしたらここに来るかも知れませんが、別の店に行くかも知れませんし、なんとも言えません」
「そうですか、一生後悔して地獄に落ちればいいのに」
「どうでしょう、前科があればですけどね、私たちの用に地獄に落ちることは稀ですよ」
「私たち?」
「そうですよ、あなたもいま罪を償っている所ですこの煉獄で」設楽と女の立場は違ったがそこは触れなかった。
「何ですか、何で私が、私は何もしてないじゃないですか」
「人を殺してるじゃないですか?」
「え、殺してない」
「自分の命とはいえ、人の命を一つ殺してる事に変わりはありませんよ人殺しは人殺し罪は罪。」
 彼女は黙り込み、睨みながら、スプーンを力いっぱい握り絞める。
「でも私は地獄、あなたは煉獄、この後どうなるかは分かりませんが多分すぐに新しい魂に変わると思いますよ」
「あなたは、あなたは何をしてここにいるんですか?」
 女は恐る恐る設楽に思った事を口にした。設楽は何も答えずにただただ笑顔を作った。女はその笑顔に気後れしそれ以上追求することは出来なかった。
 またドアが開く鈍い音がなった。いらっしゃいませの掛け声が店内に響き渡る。それに釣られて設楽もいらっしゃいませと声を出す。
 徐々にではあるが客が増え続けていた。繁盛という言葉は違う。またひとつ命が失われた。利益は一門もない。
 それでも客が入るとまるで人気店なのではと錯覚できるので設楽にとってここは居心地が良かった。その分人が自ら命を絶っている訳だが。
 女は少し溶けたマンゴーアイスをすくい一口頬張った。
「これが最後のお料理になりますが満足頂けたでしょうか?」
 女は黙って首を縦に降った。
 これが重要なのだ。これで彼女は次に行ける。彼等の仕事はひとつ終えた事になる。罪人からすると地獄に位置するこの店ではお代は取らない。だから何を持って客に退室して貰うかは見た目では分からない気持ちの中にある満腹であり満足それにならないのだ。これが1番大変なことである。あくまで自殺人を満足させる施設である必要がある。
 客からしたら満足したと言わなければ何食でも食べられる訳だから味をしめて何日も出て行かない者も現れる。人を殺めた者だと気づかれてそもそも口にして貰えないものもいる。なのでなるべくはやく口にしてもらい、なるべくはやく満足させることが重要になる。
 4 
「何年くらいここにいるんですか?」
「私はだいたい3年くらいになります」
「いつまでいるんですか?」
「そうですね、どうなんですかね、わからないです、いつかは終わるのかも知れませんでも正直新しい魂になりたくはないです」
 女は設楽の顔をじっと見ていた。今から次の場所に行く者を怖がらせてしまったのだろうか。
「私もまた新しい人生なんてやりたくないかも、例えばあなたはもし記憶をそのまま、また同じ人生をそのままやり直せるとしたらやり直したいと思いますか?」
「同じ人生ですか、それなら戻れるなら戻って見てもいいかも知れませんね、勉強してもっといい大学とか行ったら人生変わってたかも知れませんね」
「そうですか、私は子供の頃から人生やり直したいと思ったこと無いんです、だって楽しい事の倍辛いことも体験した訳でそれをもう一度なんてやりたくないです」
「楽しいことももう一度できるじゃないですか」
「2回目なんてもう感動しないですよ」
 設楽はこの女はネガティブな人だなと思った。自殺するのも理解が出来る。
「人生なんてもうやりたくないです、人間以外にもなれるんですか?」
「どうでしょう、分かりませんがでも記憶は無くなるんでそんな考えなくても大丈夫だと思いますよ」
 励ましたいのだがいい言葉が出て来ない。不安を煽って店に立てこもられる事は避けたい。
「そう、消えるのね、なら安心」
「あ、はい、まあ実質そうなる事になりますね」言葉が詰まった。女は安堵した表情をした。だがそれもつかの間女は眉間にシワを寄せた。
「じゃあ、ここはなんのために存在するの?」
「そうですね、私もここに来た当初はずっと考えた時期もありました、でも多分そんな深い意味は無いと思います、表向きの理由としては自殺者に些細な幸せをとしてますが、実際はただ神とやらの遊び心何じゃないかと今は思ってます」
「まるでオモチャですね、私たちは、でも、それでも、今私は些細な幸せは味わえました、生きてる頃は怒りと不安でめちゃくちゃでしたが、今はだいぶ楽になりました」
「ほんとですか、良かったです、ありがたいです、地獄人冥利に尽きますよ、いや何か変だな、料理人冥利ですかね」
 女は少し笑っていた。今度は作り笑いではない気がする。そして女のマンゴーアイスはもう食べ尽くされていた。残った欠片は少し溶けて黄色い液体になっていた。残る黄金の果実もあと一切れになる。
「これ本当に美味しいです、こういうのはどこから持ってくるんですか?」
「んん、それが私にも分からないんですよ、毎日どんどん仕入れてくるんです、自殺したマンゴーですかね?」
 また彼女は笑った。声に出すほどではないがクスクスと彼女は笑っていた。
 仕入れは役人の鬼が毎回この店に運んでくる、もしかしたら他の店にも運んでいるのかもしれない。
 店の外には何があるのかとか神がどういうものとかここは何者なのかは考えることはしないことにしている。宇宙の果てと同じようにどんな偉い学者でも正解は分からないのだ。だから今起きている確かな事象を一つ一つ運んでいくのだ。何も考えなくて済むように。
 「美味しかったです」女は最後の一欠片を口にしてそう答えた。
「そうですか、成仏出来そうですか?」
「もう覚悟はしてきたんで大丈夫です、それより厨房戻らなくても大丈夫なんですか?」
「まあ、今は空いてる方なんで大丈夫だと思います、すぐ戻りますし」
 設楽は彼女に大丈夫とは言ったが、厨房の方を振り返ると大丈夫そうでは無かった。少し話し込み過ぎたようだ。それでももう終わる。普段多めに仕事してる分たまには構わないだろう。
「また死ぬと思うとやっぱり少し怖いものですね、今度は苦しくないといいな」
「たぶん、安らかなものだと思いますよ」
「そうであって欲しいです」
 女は空になった水の入っていたグラスを持ちそれを手首で回す。僅かに残る水滴が同じ方向につられて回る。それをじっと見つめる。
「ご馳走様です、あの、この後はどうすれば」
「この後はこの店でして頂くことはもうありません、次の場所に向かうだけです」
 女は1度唾を飲み込み、立ち上がった。
「分かりました、ありがとうございます、ご馳走様でした」
 設楽の方に頭を下げ扉の方に向かった。設楽も後ろからついて女を追い抜き店の扉を開けた。
「お気をつけて」
「はい」
 最後にまた女は設楽にむけ頭を下げた。店の外には案内役の鬼が待っている。彼女はこの後どうなるのだろうか設楽には分からない。輪廻転生を繰り返すのだろうか。いつか幸せになる事は出来るだろうか。分からない。設楽はまず自分の罪を償わなければならないのだから。

 

 

 
 

【Eater】人喰青年血染喉詩【EP0】

f:id:mikarn777:20210313210910j:image

 

食うか食われるか

弱肉強食

それは自然の摂理

食わなければ生きられない

食わなければ食われるだけ

飾り付けられたそのステーキをあなたは可愛そうだと思いますか?

ふと、愛する人を食べてみたい、そう思ったことはありませんか?

No.Eater

食べちゃダメそんなことは分ってる。


他の作品も是非読んでみてください。
随時投稿しています。
表紙の画像も募集しています!
人気があれば続編を書きます。


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人間とは多くの尊い命の犠牲の上で生きている。しかし我々は生態系の頂点に存在してきっとそんな事は忘れて過ごしている。喰われる事は無い。我々が王だ。
✳︎
苦しい。苦しい。苦しい。動けない。何も見えない。食われる。このままじゃ食われてしまう。
どうしてこうなった。どうしてこうなったんだ。分からない。思い出せない。何処かの部屋というのは分かる。縛られた手首。目隠しと猿轡。そして硬い椅子に縛れている。何が起きているのか思い出せない。苦しい。これから何が起きるんだろう想像もしたくない。
何となく奥の方から人の気配がする。ぺたぺたと足音が聞こえる。靴じゃない。
「ゔうう」
叫ぼうとしたが猿轡のせいで声が出ない。ヨダレが零れる。苦しい。ここはどこなんだ。
「少し細いな」
「すいません」
ひとりじゃない。二人いる。何者なんだ。気が狂いそうだ。
「君はいったい何者なんだ?ひとりじゃないよね、人間なのか?食べてもいい者なのかい?でも君からはいい香りがする。嗚呼食べてみたい」
「ハーフって言うやつらしいです、こういうのたまに生まれて来るらしいです、美味そうでしょ?」
「ゔゔ」
食べる?何を言ってるんだコイツらは?僕をまさか食べる気じゃないだろうな。とりあえずここから出たい。苦しい。
「これ外していいんじゃないか?」
「ああ、そうですね」
グッと目隠しが引っ張られそのままちぎられる。そこには知らない男が2人たっていた。
「ヴヴ!!」
まだ話すことは出来ない。
「いい目をしている。綺麗な目だ。そそられる。嗚呼!嗚呼!嗚呼!たっちまうよ」
なんだこいつらは人間じゃないのか?牙が見える。狂ってる。このままじゃやばい。殺される。どうにかしないと。力いっぱい椅子を揺らすが解けそうには無い。

「そうそうそうそうそう!暴れて暴れて、やっぱり人間は踊り食いに限る。もっといい表情にさせてあげる」
そういうと男たちは口が裂け、みるみる化け物に変容した。虎や獅子に似ている。獣の様子。光る眼光。生え揃うインディゴの毛並み。グロテスクだ。こいつら一体何者なんだ。ヤバすぎる。はやくどうにか解かないといけない。何度も何度も何度も椅子を揺らす。解けない。
一瞬の事だった。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
一匹が僕に噛み付く。
寸前でもう一匹に止められる。助かった。
「俺が先だ」
それも一瞬の出来事だった。気がついたらその鋭い牙は僕の肩にめり込んでいた。そして遅れて耐え難い痛みに襲われる。
「ヴヴヴッッ!!」
痛い!激痛だ。涙も溢れる。
そのまま服ごと食いちぎらる。その瞬間はスローモーションに光景が映った。血が吹き出す。紅い真珠が弾け飛ぶように空中に舞う。僕の顔にもかかる。生温かい。
「ババババババッバッバババ!ググググッグウ!!!!」
苦しい!僕は精一杯の声を出した。しかし悲鳴を上げることも出来ない。
「嗚呼嗚呼嗚呼!美味美味美味!最高だ」
限界だ。誰か助けてくれ。
「俺もいただきます」
その時だった。限界だった。僕は意識を失った。朦朧とする景色の中で猿轡を噛み砕いて口の中が切れたのまで覚えてる。

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気がついたら森の中にいた。血だらけで肩に痛みが走る。あれは夢ではなかったのだろうか、だが傷は本物だ。一体ここはどこだろう。さっきの化け物は何者なんだろう。あいつらはどこに行ったのだろう。また来るまでに逃げなければならない。
とりあえず歩いてみようか。

見た事の無い景色。ここは何処なんだろう。東京じゃないのか?記憶がない。最近どうも記憶が曖昧だ。スマホもないし財布もない。それがこんなに不便だとは思わなかった。はやく家に帰りたい。いやまずは医者いや警察か、だが今あったことを話したところで信じて貰えるだろうか。肩がとにかく痛い。どうやら血は止まってはいるようだがはやくどうにかしないといけない。

いったいどれくらい歩いたのだろう、何時間歩いたのだろう日もだいぶ傾いてきている。
でもようやく森を抜けたようだ。田畑が目に入る。見つからないが人の気配がする。
とりあえず電話を借りて彼女に電話をしなければ、どれくらいの日にちが立ったのか分からないがきっと心配しているだろう。いや待てよ、彼女の電話番号なんて分からないな、どうするか、彼女の職場にかけようか、迷惑をかけてしまうかも知れないが仕方ない。とりあえず今は人を探さなければ。
やっと遠くに人影が見える。軽トラと老人。助けを求めよう。いや不安になってきた。あれは本当に人間だろうか、噛み付かれた記憶がフラッシュバックする。額に脂汗が滲む。鼓動も徐々に早くなっている事に気付いた。
しかしこの状況を打開するには彼に頼るしか無い。傷が痛む。
「あ、あの、すいません、あ、あの」
老人は不思議そうな表情でこちらを見つめる。

「すいません、変なことをお聞きしますが、ここは何処ですか?」
「ん?ここは沼田だべ。あんちゃん道にでも迷ったのか?」
「沼田?沼田ってのは何県ですか?」
群馬県だべ、てか肩大丈夫か?熊にでも襲われたのか?だいじか?」
「はい、近くに病院はありますか?」
「あっけど、ここからは1時間はかかるぞ、のっかてくか?」
「あ、はい、お願いします」
おそらく普通の人だろう。今はそう信じるしか無い。お言葉に甘えて、このまま連れて行って貰おう。早くしないと意識が飛びそうだ。
お爺さんが軽トラックのエンジンを掛ける。
「おう、はやく乗れ」
「ありがとうございます」
車に乗り込む。
「揺れっけど我慢してな」
シートベルをして走り出すのを確認したらもう限界だった。強烈な睡魔に襲われて。意識を失った。
✳︎

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ここは?白い天井とカーテン。
「先生!意識が戻られました」
ここは病院か、少し安心した。腕には点滴が刺さっている。白衣を着た男性。
「君自分の名前は分かるかい?」
「僕は風間ルイ、ここはどこですか?」
「風間君、ここは群馬堀越病院。お爺さんが血だらけの君と山で出会ったと言って運んできたんだ。何があったか覚えているかい?この傷はどうしたんだい?」

「僕は、えっと、大学の講義の後、そう講義の後だ、何者かに眠らされ無理やり連れ去られて、どっかの施設にいたんです。そこで化け物に襲われて、肩を噛まれました。あの、信じてくれますか?本当なんです!」
「大丈夫、落ち着いて、その後は?」
「あ、えっと、そのあとは、えっと、あ、また、覚えてないです。気付いたらあの山の中にいました、自分でも何があったのか、でも、本当なんです!」
「大丈夫、落ち着いて、私にはその何者かの正体は解らないが、正直君の傷口は熊や野犬のそれとは一致しない。深堀はしないがもしかしたらそういった類のものなのかもしれない、まあ、安心して下さい傷の方は命に別状はありません。すぐに退院できるでしょう」
「あ、ありがとうございます」
「今日は何月何日か分かりますか?」
「えっと、6月9日?いや、どれくらいたったのだろう、すいません分かりません」
「今日は6月13日です」
「え、あ、そうなんですか」
「どなたとお住まいですか?ご家族はいらっしゃいますか?もしかしたら捜索届けが出されれるかもしれませんよ、連絡しますか?」
「あ、はい、お願いします」
携帯電話を渡された。彼女にかけようと思ったが電話番号が覚えていなかった。
「どうしたの?」
「いや、あの番号が分からなくって、勤め先の連絡先調べてもらってもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
スマホを渡された。最初からこっちを貸してくれればいいのにと思った。検索サイトで彼女の職場のホームページを開く。電話番号が記載されていたのでそこにかける。迷惑だろうか、だが緊急事態だ仕方ない。

「お電話ありがとうございます、こちらマルヤマ薬局杉内がお受けします」
「もしもし、あの、葉月、葉月ユイナはいますか?」
「申し訳ありません、葉月の方は今不在でわたくしでよろしければ、代わりにご用件をお伺いいたします。いかがでしょうか?」
「あの、葉月と交際している風間というもので今電話を無くしてしまって、電話番号を教えてもらいたいのですが」
「え!彼氏?ああ、本物ですか?今どこにいるんですか?ユイちゃんずっと探してますよ」
「えっと今群馬の病院にいて、あの、とにかくすぐにでも連絡を取りたいんですけど」
「わかりました、電話番号を教えるのはアレなのでユイちゃんに病院の電話番号を教えるのはどうですか?」
「え、ああ、はい」
面倒だ。確かに証拠も無いのに個人情報を教えるのは危険だ、だが今は緊急事態、この対応に少し苛立ちを感じる。
「先生ここの電話番号は?」
「うん?ああ、027ーXXXーXXX」
「027ーXXXーXXXでお願いします」
「はい、かしこまりました、ちゃんと伝えておきますね」
電話が切れる。とりあえずはこれで待つしか無い。
「連絡はついたかい?」
「あ、はい、ありがとうございます」

✳︎
「やっぱり捜索届けが出てたよ、このあと警察の方がいらっしゃるようだよ」
「え、警察?」
まあ、そりゃそうだろう、でもあの出来事をどれだけ信じて貰えるだろうか、どれだけ信じていいのだろうか、ため息が零れる。誰が捜索届けを出したのだろうかユイナが出してくれたのだろうか、警察嫌いなはずなのに。
窓の外は雲一つも無い晴天だ。小鳥が羽ばたいている。あの老人はもう帰ってしまったのだろうか、ちゃんとお礼が言いたい。ユイナにはちゃんと連絡がいっただろうか不安だ。
✳︎
「風間さんお電話です。葉月さんです」
軽く会釈をして電話を受け取る。
「もしもし」
「ルイくん!大丈夫!?何してたの?どこにいるの?」
「ユイナ、ごめん、いろいろあって今群馬の病院にいる、本当にごめん、心配かけて」
「どうしたの?怪我したの?病気?」
「そうなんだ、肩をね」
「え、何したの?病院?今から行くね?」
「え、まあ、ちょっとね、これるの?」
「うん、行く、今すぐ」
「わかった、とりあえずスマホ無くしたから電話番号教えてくれない?」
「え、う、うん080ーXXXXーXXXX、ルイくん、死なないよね?」
「うん、傷は痛むけど命に別状はないって」
「よかった、私心配で本当に心配で、本当に生きててよかった、わかった本当に今から行くからね」
「わかった待ってるよ」
電話越しでも泣いているのがわかった。心配かけて申し訳ない。心が痛む。

電話は切れた。久しぶりにユイナの声が聞けて安心した。緊張の糸が解ける。電話を返しに立ち上がろうとしたがまだ傷が痛む。まだいいか、そのうち取りに来てくれるだろう。ユイナどれくらいかかるだろう、スマホで調べようと思ったが持っていないのだった。退屈だ。スマホがないとする事がない。外にも行けないし、ユイナが待ち遠しい。
暇だな、もう眠気もない。いざスマホを手放すとどれだけ依存していたのか分かるな。窓の外には空と山と駐車場、大自然だ。たまにはこういうのもいいのかも知れない。窓際のベットでよかった。日差しが温かい。
ズキっと傷が痛む。しかしアレはいったい何者だったのだろう。分からない。思い出すだけで悍しい。動悸がする。苦しい。ここは本当に安全なのだろうか不安になる。
嗚呼喉が乾いた。腹も減ってきた。ここの料金とはどうなるんだろう、財布もどっか置いてきちゃったしカードもその中だ、いったいこのあとどうなるんだろう。
「風間くんよくなりましたか?」
「ああ、だいぶ気分は落ち着いてきました」
「怖い体験をされたのだとか」
「あ、はい、そうなんですよ、あの、何か飲み物いただけないでしょうか?」
「お水なら大丈夫だけど、それでも良ければ今持ってくるね」
炭酸が飲みたい。若い看護師は嬉しいが正直注射が下手だ。注射に限っては熟年の技術で刺してもらいたい。
「はいお水ここ置いときますよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
ゴクリと喉を潤う。気持ちがいい。少し落ち着く。

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二人組のオッサンが病室に入ってくる。煙草の匂いがする。
「風間ルイ君?」
「はい」
ついにきた。警察だ。緊張感が走る。
「私は警察の吉田と言うものです」
警察手帳を見せられる。
「ああ、はい」
「傷痛む?」
「はい」
「それはお気の毒に、何やら怖い体験をされたとかで、大変でしたね、それでですね、その件について詳しく、ゆっくりでいいので思い出せる範囲で全然大丈夫なんで何があったか教えて貰えるかな?」
「え、まあ、あの、本当にあった話で僕は嘘偽り無く話しますが信じてくれますか?」
「辻褄が合えば、或いは」
「そうですか」
「まず貴方を誘拐した相手はどなたか分かりますか?」
「いえ、まったく知らない人でした」
「犯行動機は分かりますか?」
「いえ、いや、その、僕を、僕を食べようとしていました」
「食べる?なんのために」
「いえ、それは分かりません」
「大学の講義のあとに車で誘拐された?抵抗は出来なかったのですか?」
「あ、はい、力も強く無理やり、背後から掴まれて乗せられましたね」
「んーなるほど、車の色とかは覚えてますか?」
「いえ、すぐに目隠しされてしまったので」
「そうですか、その傷はどういうふうに出来たんですか?」
「その、噛み付かれたんです、無理やり、そのまま」
一瞬間が開き警察官は目を合わせていた。
「んー、なるほどなるほど、では確信に迫る質問をさせて貰います。それは人でしたか?」
「あ、え、いや、いいえ違います、お巡りさん!アレをなんだか知っているんですか?」
「それはこんなやつじゃなかったですか?」

1枚の写真を見せられた。
そこに映るのは横たわるのは私を襲った化け物に似ている。インディゴの獣。虎やライオンに似ているが全く違う。これは一体何なんだ。気持ちが悪い。
「はい、こいつです!これは、これはいったいなんなんですか?」
「これはEaterと呼ばれる生命体だ。要はざっくり言うと化け物なんだが、詳しい話になるとUMAに近いのかもしれない」
「え、どういうことですか?」
UMAはご存知ですかか?」
「あ、はい、なんとなくは分かります、あの、ネッシーとかツチノコとかのことですよね、でも、いや、それらは存在しないんじゃないんですか?」
「君がEaterの存在を否定するのかい?」
「いや、それは、でも、最初は人間の姿をしていました」
「そこが問題なんだ、あいつらは人に擬態する、いや、元々人間なのかも知れない、そしてここだけの話そいつらがいま暴れまくってる、困ったもんだ、君みたいな被害者がたくさんいるんだろ、まあ国が隠しているから世間的なニュースにはならないが」
「え、何でそんな危険な物を隠しているんですか?」
「それは私たちにも分からない、国は何かを隠している」
「そんな」
「もちろん君にも他言無用でお願いしたい」
「え、あ、はい、でも、いや、分かりました、Eater、そんなヤツいるんですね、そいつらいったい何をしてるですか?目的はなんなんですか?」
「そりゃEaterって名前の通り人を食べるんだよ。何故だかね、美味いのかもね、最近は事件が増え過ぎて大変だよ、見てみるかい?」
「いや、それは僕には厳しいかも知れません」
「冗談だよ、まあでも安心しな施設にいたEater1匹は死亡だって、もうひとりも血痕から見るに重症らしい、風間くんとりあえずは安心してくれ」
「死亡?犯人はもう見つかったのですか?」
「ああ、多分仲間割れだろう、もう一体もすぐに捕まえる、安心してくれ」
「そうですか、それならそれならよかったんですげどあの、Eaterは弱点とかあるんですか?どうやったら殺せるんですか?僕このままじゃ」
「弱点ね、それは人間と同じで飢餓でも死ぬし、病気とかでも死ぬだろう、まあ君が言いたいのはそういう事じゃないよな、ここだけの話君を安心させる為教えるが警察には対Eater用のピストルを持っている」
「そうですか、なるほど、いいですね、あの、それもらえたりしないですよね」
「もらってどうする気なんだい、当たり前だが普通の銃と同じようにー般人には厳しいな、不安なのは分かるがそれは出来ないよ」
「やっぱそうですよね」

「ルイ君!!」
「ユイナ!!」
ユイナが病室に飛び込んできた。

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「傷大丈夫?」
「なんか僕化け物に狙われてて食べらそうになって」
「風間君」
警察官に睨まれる。
「警察?」
ユイナが警察を睨み返す。
「すいません、でも彼女には全て知っていて欲しくて、お巡りさん、お願いします」
警察官はまた二人で目配せしている。
「まあ、そりゃそうだような、ここだけの話ってのはこうやって広まって行くんだ、今の時代SNSだってあるんだ、人間みんな黙秘なんて出来やしない、上さんもいつまでも隠し切れやしないんだ、仕方ない」
「すいません」
「特別だぞ、私たちもあくまで上の命令の下で仕事をしているんだ」
「はい」
「彼女さん、極秘事項なのですが今回特別にお見せします、これが今回の事件の犯人です」
警察官は写真を見せる。
「え、何これ、CG?動物?本物?」
「Eaterという生き物です」
「何これ、本当?ルイ君」
「ああ、信じられないかも知れないが、本当だ」
一瞬病室に沈黙が包む。
「怖かった?」
「うん、そうだね、死ぬかと思ったよ」
また警察官は目で合図し合う。緊張感が走る。
「ところで本題に入りたいのだがいいかな?」
「あ、はい、何でしょう」
「君たちはダーウィンの進化論は知っているかい?あの、猿から人になっていく絵を見たことあるだろう、そこでだ私はEaterは人間の進化の先にいると考えている。ならいったいEaterはどうやって生まれると思う?私は考えた。出産か?否。まだ考察の域を超えないが進化の方法を」
視線は鋭く淡々と話す。ゴクリとツバを飲みこむ。
「木崎!!」
「はい」
黙っていた方の警察官が動き出した。驚いた。何をする気だろう。そう思うと彼はポケットからナイフを取り出す。こいつ本当に何をする気だ。僕は最悪の想像をする。
「よく見てろよ!」
そいつは手にナイフを押し付けて力一杯グッと押し付けていく、ブスっと奥まで入っていく。いやらしい肉の断末魔、聞きたくない。その光景を僕は、いや、きっと彼女も目を離せなかったはずだ。唖然とする。体も震えて声も出ない。この後いったい何が起きるのだろう。僕はこの後起こるであろうの未来を想像して硬直する。
「ねえ!ちょっと何しようとしてるの!?」
我慢できなかったのはユイナだった。
それでもそいつは手の奥まで入ったナイフを一気に引き抜いた。その瞬間腕は真っ赤に染まった。真っ赤だ。綺麗だ。細い指先にそれを刺し盛りしたらさぞ絶品だろう。いったいどんな味がするのだろう。きっと甘くて濃厚なはず。今すぐ吸い尽くすしてしまいたい。唾液が溜まる。無意識で唇を舐める。嗚呼綺麗な赤だ。滾る。
「ねえ!本当に!何をしているのですか!?」
彼女が叫び、僕はハッとする。
「悪いね、仮説を試してたんですよ、ちょっとした実験です、先ほど説明したじゃないですか人間の進化がEaterだと、私の説です、EaterというのはEaterから人間に伝染すんじゃないのかって、それでね、風間くん君はまだ人間かい?」
「は?何言ってっんですか?」
「私は今風間くんに質問しています、今なんて思った?食べたいって思わなかったかい?この腕、この血液、食べたいと思わなかったかい?」
「何言ってるんですか?思わないですよ、思う訳ないでしょ!僕を疑っているんですか?やめてください!僕は人間ですよ」
僕は人間。僕は人間。僕は人間。僕は人間。僕は人間。今までも、これからも変わらず。

「もういい、傷の手当てして持って来い、血を見ても変身しなかったか、私の仮説は外れたのか、いや、うん、どうなのだろう」
自分でも分かるくらい心臓の鼓動は高鳴っていた。呼吸も苦しい。額には脂汗が滲んでいた。手先も震える。それはユイナも同じようだ。
「そうですよ、何を言ってるんですか、本当に、僕は普通の人間で被害者です! 傷、大丈夫ですか?」
「申し訳なかったね、私たちも本当は怖いんだ、数%でも有り得る可能性は一つ一つ潰して行かないと行けないからね、私たちも命をかけて未知と戦っているんだ、多少の無理は捜査の範囲として許してくれ」
「いや、でも、にしてもやり過ぎだ」
「すまない」
「お巡りさん」
「ん?」
「もし、もし僕をEaterと判断していたらどうしてたんですか?」
「聞きたいかい?」
「はい」
「君の想像した通りだよ」
唾を飲む。それしか僕には出来なかった。
「ではまた明日来るよ、些細のことでもいい何か思い出したら話して欲しい。名刺も渡しておく何かあったらそこにかけてくれ」
「はい、分かりました、ありがとうございました」
「でも君傷の回復めちゃめちゃ早いな、じゃあまた来るわ」
そう言って病室から警察官たちは帰っていった。

✳︎
「駄目だ、逃げよう!」
「え?」
「ルイくん!ここに居たら駄目だよ」
「え?何で?」
「何でもここにいたらダメな気がするの」
「いや、でも」
「警察なんて信じられない」
「うん、そうだけど、でも」
「怪物からも今度は絶対私が守るから、帰ろう、家に」
必死な瞳。うるう涙。緊迫した空気。真剣な表情。息をする間も忘れそうになる。
「でも、うちに帰ってもすぐ見つかるよ」
「どこでもいい、どこでもいい、どっか遠い所に一緒に行こう、お金はいっぱいは無いけど、私が働くから!ここに居たらルイくんが一人でどこか遠くに行っちゃう気がして、そんなの絶対嫌!もう一人ぼっちにはなりたくない」
一瞬の間。戸惑いはあったが圧倒された。自分自身も現状に不満はあった、しかし変える不安もある。だがやってみるしか無い。どっちにしろこのままでは玩具にされるそんな予感がしていたからだ。
「分かった、うん、行こう」
「それ」
「うん」
「抜いてあげる」
僕はユイナが話終える前に腕に刺さった点滴の針を引き抜いた。痛。
「え、大丈夫?」
「大丈夫、行こうか」
ベットから立ち上がり、病室を出る、廊下にを見渡すと看護師たちが忙しそうに行き交う。僕たちは平然を装い階段を降る、ここで関係者にすれ違ったら一巻の終わりだ。緊張感が走る。
偶然、数人にはすれ違ったが話しかけてくる人はいなかった。そのままロビーに出る。ここは人がいっぱいいる。かえって僕たちには好都合だ。このまま病院の外に出る。

目に映るのは駐車場と山と空。もう日は落ち始めていた。立ち止まっているとユイナが手を引く。
「こっち」
停まっているタクシーに向かう。ドアが開く。ユイナが乗り込む。続いて僕も。
「どちらまで?」
「一番近い駅までお願いします」
「かしこまりました」
タクシーが走り出す。
本当に脱走してしまった。まだ鼓動が落ち着かないのが分かる。医療費とかはどうなるのだろう。申し訳ない。
走り出した車内では沈黙が続く。ユイナは後続車を気にする。僕はその様子をただ見つめるしかなかったのだ。いったいこれからどうすればいいのだろうか大学や友人やバイト先はどうなっているのだろう。Eaterあいつらのせいで僕らの人生はめちゃめちゃだ。私は怪物になってしまったのだろうか、いやそんな筈はない、何の証拠があるんだ、僕は人間だ。ため息が零れる。
「大丈夫?」
「うん」
「つけられてる」
「え」
偶然だろうか後ろには黒のクラウンが私たちの後をつけている気がした。警察の関係者か、それとも怪物の仲間か、それは分からない。
「どうしよう?」
「たまたまって事は無い?」
こちらが右折すると後続車も右折してきた。偶然と願いたい。
「あ、すいません、あそこでいったん降ろしてもらっていいですか?」
「はい、かしこまりました」
大型のショッピングモールだ。確かにこの患者衣では目立ち過ぎる、それに後続車が止まるかも確認できる。

駐車場に停車する。ユイナが料金を払って店に入る。後続車も車を止めた。
「どうする?」
「どうするか?」
中にいたスーツ姿のオッサンも入ってきた。
服を適当に選んで抱える。レジに並ぶ時間は無い。
「これください」
そう言ってユイナは万札をメンテナンスをしていた店員に渡す。選んだ服は上下でも4千円くらいの筈だ。しかしそうも言ってられない。
「え」
店員は戸惑っていた。
ユイナは私の手を取って店内を走り出す。スーツも走り出す、全力疾走。人をかわす。マネキンをかわす。品物をかわす。とにかく走った。客に紛れて、走った。人混みの中を走り続けた。店の外まで出た。
「こっち!」
息が苦しい。心臓が苦しい。傷口が痛む。外に出るとあたりはもう真っ暗だった。その事もいい影響して逃げ切る事が出来た。多分見失っただろう、ついて来るものはいない。
「苦しい」
「怪我人をこんなに走らせるなよ」
「しょうがないじゃん」
二人とも息が上がりやっとの思いで話す。まだ苦しい。しかし何故だか高鳴る鼓動に生を感じた。
「あの買い方はないわ、店員めっちゃビビってたじゃん」
「しょうがないじゃん!」
人影ない路地で買った服に着替えた。少し安っぽいが仕方がない。
「この後どうする?」
「とりあえず高崎に行こう」
「高崎?」
「うん、いろいろそろえたいし、人混みの方が逃げやすいと思う」
「そうか、何で行くの?またタクシー?」
「いや、もう駅も近いから電車で行こうと思う」
「大丈夫かな?」
「賭けるしかないね」
「うん」
「どうしたの?疲れた?」
「うん、ちょっとね」

✳︎
僕たちは無事に電車に乗る事が出来た。何でこんな事してるのだろう、いつまでこんな事すればいいのだろう、これからどうなるのだろう、嗚呼腹へった。電車に揺られる。
「大丈夫?」
「ちょっと痛む」
「やっぱり間違ってたかな?」
「どうだろう、うーん、分からない、でも行けるとこまで行ってみようよ、なんか悪い事してるみたいで少し面白いし僕はユイナと一緒ならどこに行ってもいいと思ってるよ、これも何かの運命なのかも知れないね、もうなるようになれって感じ」
「うん、私もルイくんと一緒にいたい!頑張ろう、きっと大丈夫、うまくいく」
✳︎

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車内は揺れる。ズキズキと傷にしみる。ちょうど帰宅の時間だろうほぼ満員に近い。皆、眠るか、スマホを使うかだ。正面には女子高生が座る。短いスカート。白い太もも。
肉。肉。肉。肉!肉!肉!
唾を飲み込む。今すぐかじりつきたい。嗚呼、気が狂いそうだ。どうしたんだ、僕は、違う物見なければ、OL、サラリーマン、赤子、なんて美味しそうなんだ。いや違う、やばい。空腹でおかしくなりそうだ。そうだ、僕は空腹でおかしいのだ。決して、違う違う、そうじゃない。
「ルイくん?」
ユイナは僕の頬に手をあてる。
「大丈夫?お腹すいたね、何食べよっか?」
「え、ああ、うん」
何度も何度も唾を飲む。そうしてないと正気を保てそう無い。

✳︎
高崎についた。初めて来たが思ったより大きな駅だった。人も多い。
「行こう」
「うん」
「とりあえず必要な物色々買わないと」
「そうだね」
とりあえず改札を出て、駅周辺で必要そうな物を買い占める。
僕はコンビニでおにぎりを買ってもらい、それを食べる、具は一番好きなシャケだ。悪く無い。うん。悪くは無いのだが何故だろう果てしない根底にある飢餓は治らないような気がする。
「こんだけ買ったらとりあえず大丈夫でしょ」
ユイナは新品のキャリーケースを転がす。
「どこいく?」
「そうだね、無人島でも行く?」
無人島?」
「冗談、とりあえず今日はどっかホテルに泊まろう」
「え、ああ、そうだね」
ユイナはスマホで道を調べる。
「近くにある?」
「うん、あった、行こう、あ、その前に痛み止め飲む?」
「ああ、うん、飲んでおこうかな」
「水買って来るね」
「うん」
ユイナは近くの自販機に駆け込む。
「はい、これ」
「うん、ありがとう」
薬を飲み込む。苦い。すぐに水を流し込む。これで少しは良くなるだろう。また僕たちは歩き出す。

✳︎

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ホテルに着いた。ここは一軒一軒が独立していてロビーで顔を合わせなくても会計ができるタイプだ。都合がいい。
入室すると煙草の香りがほのかにした。照明は明るくインテリはゴージャスだ。鏡は大きい。マッサージチェアもある。僕はソファに座り込む。ユイナも座る。
「疲れたね」
「うん」
やっと安心できた気がした。今日は本当に衝撃的な1日だった。それは彼女にとっても同じだろう。ユイナは350缶のビールを開けて飲み込む。いいな、僕も飲みたい。
「これからどうしよか」
「うん、どうしようか、逃げ続けるのかな、化け物からも警察からも、ユイナはいいの?」
「ルイくんと別れるくらいなら、死んだ方がまし、って思う、それってちょっとメンヘラっぽいかなあ?でも結構本気で思ったりなんかしてるよ、約束して欲しい、何処にも行かないで、ずっと一緒だって」
「うん、そうだね、でも大切だからこそ危険な目に合わせたくないし、傷つけたくない、何が正解何だろう」
「別れたい?」
「いや、それは絶対嫌だ。矛盾してるよね、でもずっと一緒にいたいと思っているよ、それは本当に、お互い特殊な生い立ちなんだ、どんな事があっても二人なら絶対幸せになりたいと願ってるよ、何があっても、きっと、きっとうまくいく、そう信じるしか無いよね、普通でいいんだ、普通の幸せになる、いや、する」
「うん、大丈夫だよ!きっと大丈夫、私が守り切るから、もう誰も失いたくない」
「僕はあの日ユイナの告白を聞いてこの子は絶対僕が守り切るんだって誓ったんだ、傷が治ったら僕が守る、いや傷だらけになっても、もし灰になっても守らないといけないと思ってるよ」
「ありがとう、でも無理はしないでね」
「うん」
「でも怪物の目的は何なのだろ?何でルイくんを狙ってるのだろう」
「それなんだけど、なんか僕美味いらしいよ」
「え、本当?食べてみようかな」
「まあ、いいけど」
「警察の目的は何だろう?」
「疑ってんでしょ、ルイくんの事、適当な推理して、国家の犬が何が怪物狩りだよ!滅ぶべきは人間の方じゃない人間なんていくら食べられても構わない!稲田のやつをぶっ殺してくれれば最高何だけど」
「ユイナ口悪いな飲み過ぎじゃ無い?でもそこは確かに警察は、国は間違っていると思うよ。政治家の息子だからって大した捜査もしないでのうのうと普通の生活を送っている、そんなのは間違っている、人を殺したら死刑になるべきだと思うよ」
「死刑どころか逮捕すらされてない。あいつのせいであいつのせいで私は全部を失った。可愛かった弟も優しかった母も、頼もしかった父も、帰ったら物音一つなかった血の海だった、滅多刺しだって必要以上に何度も酷過ぎる。今でも思うよ殺したいって間違ってるかな?私は怪物?」
「そんな事ない、ユイナは間違ってないよ。その怒りは忘れちゃいけないモノだと思う、この世には平和ボケして綺麗事を言う偽善者がいるけどあいつらは地獄を知らないんだ、同じ目にあったらきっと平然ではいられない、でも、だからこそユイナには幸せになって欲しいし何があってもユイナは僕が守り切るから」
「ありがとう、あの頃一人ぼっちだった私を救ってくれたのがルイくんだった。やっと出会えた大切の人、世界はまた私から奪おうとする、もうそれは許せない」
「うん、大丈夫、僕はどこにも行かないよ」
ユイナは涙とアルコールで目が真っ赤だ。

ユイナの頭を優しく撫でる。抱きついて来る。痛い。
「ごめん痛かった?」
「ううん、大丈夫」
そっと抱き寄せる。額にキスをする。そしてそのまま唇に。安心する。
「シャワー浴びよう」
「うん、先、いや、」
「ああ、そっか、一緒に入りましょう」
「はい」
浴室に向かう。透明だ。
服を脱ぐのも一苦労だ。
「大丈夫?脱げる?」
「あ、うん」
奴らに抉り取られた傷口は生々しく赤黒く存在を主張していた。そっと手でなぞる。
「痛そうだね」
「うん」
ユイナも服を脱ぐ。黒い下着。白い肌。華奢で豊満だ。しなやかな裸体は曲線が美しい。傷モノの僕とは違う。それは尊くて儚い。
ジャグジーに水を溜めるとカラフルに光って幻想的だ。浮かれたカップルたちは泡風呂にしたりするのだろう。私は入れないが、ユイナはシャワーを出す。少しずつ手で温度を確認する。ユイナが先に浴びる。
「大丈夫そう、ほら、こっちに来て、ここは濡れないようにね」
「はい」
そっと髪にお湯をかけてもらう。温かい。命の洗濯だ。まるで子供の頃に戻ったようだ。久しぶりに髪を洗って貰う気持ちがいい。
「幸せだ」
「うん、そうね」

✳︎
体を丁寧に拭き取りバスローブに着替える。傷口をガーゼと包帯で塞ぐ。看護学校に行っていたユイナには容易なものだった。
「ありがとう」
「続き、しようか」
「うん」
ユイナはバスローブを脱ぐ。
「無理はしないでね」
「うん」
ブラジャーを外す。
白い肌。乳房。二の腕。太もも。首筋。指筋。関節。髪。耳。眼球。鼻。唇。鎖骨。爪。踝。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。

「痛ッ」
「え?」
気が付いたらユイナの首元に噛み付いていた。瞬時に冷静になって止める。少し血が出てる。
「え?何で?大丈夫?」
「食べないの?」
「え?」
「いいよ、食べて」
「え?何言ってんだよ!食うわけないだろ」
口に残るユイナの血液。甘い。
「私気付いてたよ、でも、でもいいの、一緒にいれるなら一緒にいたいし、食べられるなら食べられても、私はそれで幸せ、好きな人に食べられて死ぬなんて最高じゃん、必要な物とお金なら全部バックに入ってるから上手に使って、生きて幸せになってね」
何言ってんだよ。僕は人間。僕は人間。僕は人間僕は人間。僕は人間。僕は人間。腹が鳴る。溢れる唾液。違う。違う。違う。違う。チアがうあういいうううう!!
「愛してるよ」
ユイナが呟き目を瞑る。


僕は。

パン屋【短編小説】

 私は今日もいつもと同じパン屋さんに来ていた。地元じゃ有名な小洒落たパン屋。店内はモダンで温かみを感じ、木製の家具が落ち着きを与えてくれる。沢山種類があるがここのクリームパンが好きだ。とにかく柔らかくて中のクリームも最高。甘過ぎずちょいどいい。

隣には本屋さんもある。いつも先に新作が出ていないか先に物色してみる。新書コーナ。文庫散々見たが気になる物は特に無かった。

パン屋に向かう。店に近づくだけで外からでもパン生地の甘い香りに包まれていく。耐えきれずに私は早足で入口に向かう。
「いらっしゃいませ」
割烹着を着たお姉さんが私を出迎える。今日もぎっしりと色んな種類のパンが並んでいる。いい香りだ。
私はトングとトレーをとり物色を始める。
クロワッサンも捨て難い。カレーパンも揚げたてだと言う。だがいつも通り私はクリームパンを選んでいた。こんなに種類があるのに私はいつもクリームパンを選んでる。私は新しい味を探す勇気のない意気地無しだ。
いや同じ物を愛し続ける一途な女だ。
いつも通り無難なクリームパン。今日は特別に2つ買う事にした。自分でも分かるくらいの上機嫌だ。食べるのが待ち遠しい。

店員さんの所に運んでいき精算を始める。
「ありがとうございます。お持ち帰りでよろしいでしょうか?」
「はい」
袋に詰めてもらい会計を済ます。はやく食べたい。
足取りは軽く周りに人がいなければスキップをしたい。駐車場に向かい車に乗り込む。エンジンをかける。このまま家に帰ってから食べようかそれとも今ひとつ食べてしまおうかクリームパンは私を悩ませる。
私は早る気持ちを我慢する事は出来なかった。袋からクリームパンをひとつ取り出す。一瞬で甘い香りが車内を包む。一思いに噛じる。パンはホロホロと崩れ口の中に入っていく。ハムと食べる。クリームが溢れ出す。幸せだ。もう一口。幸せだ。
スマホBluetoothを車と繋ぎ音楽をかける。好きな音楽が車内を包む。鼻歌でハミングし気分も上々。普段の嫌なことも忘れて一人でこのひと時を楽しんでいた。

トントンと車の窓を叩かれた。中年の男性が困った様子で立っている。一瞬驚いたが周りに人も大勢居たので恐怖は無かった。どうしたのだろう。車の窓を開ける。
「すいません」
「はい」
「道を尋ねたいんですけど」
「あ、はい」
「市役所の場所を教えて貰えませんか」
「あ、はい」
どうやら中年の男性は道に迷ったようだ。
私は地理は得意では無いが市役所の場所くらいは知っていた。このパン屋からは近くは無いが道自体はは複雑ではない。簡単に説明も出来る。
「ここをまっすぐ行って、交差点を左で、、、」
丁寧に教えることが出来た。
「ありがとうございます」
その男性は満足気に笑顔で自分の車に向かっていった。
私も親切な事ができ心には幸福で満たされていた。食べかけのクリームパンを手に取りムシャムシャと続きを食べていった。今日はよく眠れそうだ。クリームパンを食べ終えた。
ひとつのこして家に帰る。

「ただいま」心の中でそうつぶやく。鍵を開けてアパートに帰る。一人暮らしなので誰もいない。バックとクリームパンの袋を持ち家に入る。上着を脱ぎハンガーにかける。テレビをつけてソファに座る。クイズ番組がやっていた。
ソファに沈むともう夕食を作るのが面倒だ。少し休もう。
お腹がすいたので残りのパンを食べる事にした。
今日の出来事を思い出す。
そう言えば、あの人は何で私に声をかけたのだろう。人は大勢いた筈だ。ナンパをするつもりだったのだろうか、でも連絡先は聞かれなかった。そもそもこの時代に何でナビを使わないだろうかスマホを使えば良い筈だ。
疑問は次々生まれたが今となっては確かめようがない。少し気持ち悪いが。私はクリームパンをムシャムシャ食べる。美味い。

風呂に入り床に就く。もう眠い。記憶が遠のく夢の中でも私はパンを食べていた。ムシャムシャ。美味い。ムシャムシャ。美味い。

ジリジリと慌ただしいアラームで私は起きた。うるさい。優秀な目覚ましだ。
私は顔を洗いに洗面台に向かう。水が冷たい。一気に目が覚める。化粧をして今日も仕事に向かう。


あれから1ヶ月くらいたっただろうか仕事を終えた私はまたパン屋に向かっていた。同じ市内のお店でここもクリームパンが上手い。それにここの方が家からも近いのでよく来る。楽しみだ。スーパーと隣接してる為、駐車場につくと夕食の時間と重なり店もかなり混んでいた。
車から降りるとパンの甘い香りが店からも漏れ食欲を唆る。口の中に唾液が溜まる。ここのパンはいつも食べるコンビニのパンとは違い温かみを感じる事が出来る。
はやくクリームパンが食べたい。無意識に早歩きになっていた。
店にはいる。「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ」店員が次々と挨拶をしてきた。軽く頭を下げる。
見渡す限りパン。パン。パン。
お目当てのクリームパンは焼きたての札が立っている。最高のタイミングだ。私は幸福の絶頂にいた。直ぐにトレーとトングを取り物色を始める。お目当てのクリームパンを2つトレーに乗せる。触ってはいないが見た目だけでこのパンからは温かみを感じることが出来た。
ここはメロンパンも上手い。ひとつ乗せておこう。楽しみが もうひとつ増えた。

あとはどれにしよう。決まらないのでもういいだろう。私は買い物を辞めてレジに向かう。店内に人は大勢いたがレジは並んでおらずスムーズに進むことが出来た。
会員カードを提示してポイントをつけてもらった。定員さんは私のパンを丁寧に袋に包みそっと渡してくれた。
「ありがとうございました」
買い物を順調に終えあとは帰宅してゆっくりするだけだ。
私は興奮気味に店内を後にして車に向かう。駐車場は来た時よりは空いていたがまだ人は多かった。
私は上機嫌で車に乗り込む。袋の中をチラ見して中を確認し大切に助手席に乗せた。
トントンと車の窓を叩かれた。中年の男性が困った様子で立っている。窓を開ける。
「すいません」
「はい」
「道を尋ねたいんですけど」
記憶がある蘇る。あの時の男だ。何が起きているのだろう。デジャブだ。私は恐怖で震えだす。私は今起きている現実を理解出来ないでいた。
「あ、はい、」
私は恐怖で声が出なかった。自分の心音が聞こえるくらいだ。
「市役所の場所教えて貰いたいのですが」
何なんだこの人は、分からない私の思考は既に止まっていた。ずっと同じ事をしている人なのだろうか。私を覚えてないのだろう。何がなんだ分からない。
「わかりません!」
私は恐怖と怒りで怒鳴り直ぐに窓を閉めた。男は黙ってこっちを見てる。窓はゆっくりしまっていく。こんなに時間かかっただろうかなかなか閉まらない。早くしまれ。早くしまれ。
あと10センチ。
「今日は教えてくれないんだ」

 

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2021/01/01

新年(「🐮・ω・)「🐮

 

あけましておめでとうございます🎉🎉

 

今年は飛躍の年にしたいですね

作詞、執筆、漫画、大きなオーディションも今年ははあるので結果を残したいと思います。

 

年齢を重ねる度に時間の速さを感じます。はや

く結果を残したいですね。

 

生きた証を残したいです。

 

バイト生活を抜け出したいですね。

 

小説はどこに掲載するのが1番いいのだろう、見られないと意味無いですものね、

悩ましい。

 

バイトが年末年始忙し過ぎる、なかなか厳しい。コロナの波はどうなったのだろう、あまり影響されてる気がしないです🥺

 

本を書いて、作詞して、コーヒー飲んでゆっくり眠るそんな生活に憧れます。

 

とりあえず作品を完成させないと何の文句も言えないんですけどね🥺

 

なかなか筆が進まないのが現状ですね

 

嗚呼金欲しい。

 

今年は色んな作品に触れたいと思います。小説、漫画、映画沢山、作品に触れてインプットしてしっかりアウトプット出来るように頑張ります。

 

歌詞の他に小説も書いてるのでよかったら

読んでください

 

野いちごってサイトでMIKARNで検索すると読めます。

 

Instagramでもお待ちしております
「mikarn07」

iTwitterもやってます「mikarn777」是非フォローしてください!

 

ではまた!!

 

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