mikarn777’s diary

歌詞や小説、時々日記など載せていきます。

色即是空スペクトラム 【定期連載小説】

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輪廻転生

私たちは生まれ変わる

何度でも


他の作品も是非読んでみてください。
随時投稿しています。
表紙の画像も募集しています!
人気があれば続編を書きます。


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九品市 (くほんし)午前中8時17分

「信じない者は地獄に落ちますよ」朝から駅では熱心にビラを配る女性の姿が見える。殆どの人達がそれを見にも入れず各々の通勤先、通学先へと足を運んでいた。

黒髪、伸びた襟足、左耳にピアスをした高校1年生、屋敷夏鈴(やしきかりん)も何事もなく通り過ぎる人達の一人だった。

世の中には天国なんてないし地獄もない。神もいないし幽霊もいない。死んだら皆灰になって無。夏鈴は幼少期の体験から霊魂やオカルトの類は一切信じない事に決めていた。車道脇にに添えてある花も先祖の墓参りすら意味を持たないと思っていた。

「おはよう!どうしたのうかない顔して」
話しかけて来たのは夏鈴の友達の花村友紀(はなむらゆき)だ。その風貌は夏鈴と比べるととても幼くあどけない。女性と言われても分からない程だ。
「いや、最近頭痛が酷くて」
「そうなん?風邪?」
「いや、たぶん風邪ではないと思うんだけどな」
「そう、はやく治るといいね」
そう言って二人は高校へ向かう。

「おーい!夏鈴!友紀!」
遠くからてを降るのは杉澤凛太郎(すぎさわりんたろう)彼も夏鈴のクラスメイトで友達だ。
「凛太郎、今日は早いね、いつも遅刻ギリギリなのに」友紀がチクリと言う。
「今日は何だかスッキリ起きれたんだ!なんたって今日は待ちに待った大肝試し大会、これを機に杏ちゃん距離を縮めて、あんな事やこんな事を、あー!妄想だけでヨダレが出ちゃうぜ」
りんたろう浮かれすぎ、ほら夏鈴、ひいてるぜ」
「嘘だろう、夏鈴、楽しみだよなー!」
「行くのは構わないけど、幽霊なんていないよ」
「そんなロマンの無いこと言うなよ、子供の頃サンタクロースとかに興奮しただろ!あれと一緒だろ!なあ、夏鈴楽しみだろ、せっかく仲良くなろうと女子も呼んだんだし」
「まあ、行くのは行くよ」
「ほら、友紀聞いただろ、やっぱり夏鈴は素直じゃないだけで楽しみなんだよ」
「はい、はい、わかったよ」
夏鈴達は普段通り無駄話をして学校についた。

午前12時10分

学校は昼休みの時間だ。各々弁当を食べたり売店に行ったりしている。
「宮田!それじゃあ22時に集合な!」
「はいはい!もう何回も聞いたよ」凛太郎のしつこい確認に呆れていたのは黒髪ショートの宮田ひなのだ。今日まで何度も確認して来て不満が溜まっていた。
「岸本さんもね!」宮田ひなのの後ろに隠れていたのは岸本杏(きしもとあんず)性格は大人しいが華奢で可愛らしくクラスの男子達の憧れの存在だ。表情には出さないが実は今日の肝試しが楽しみでもある。
「虫除けはしといた方がいいぞ」
「はいはい、わかったよ」
「岸本さんもね!」
「うん」小さく頷く。その仕草は小動物のように愛おしい。
夏鈴と友紀はその様子を弁当を食べながら見ていた。
「塩とかも持って行った方がいいかな?」
「浮かれすぎ、あんたホラー映画とかなら1番先に死ぬパターンよ」
「ええ、やば、フラグ回収しないようにしないと」
「凛太郎が幽霊に捕まって僕らダッシュで逃げるわ」友紀が冷やかす。
「いや、そこは助けてよ」笑いが起きる。
「けっこう山の奥なんだって?」宮田が確認する。
「そうそう!たまたま見つけたんだよ、厳重に囲われていて、あそこは何かあるよ絶対」
「そう、でも杏が少しでも怖がったら私たちすぐ帰るからね」
「大丈夫俺たちがしっかり守るから」
「はいはい」
「いや宮田は大丈夫だろ、得意の剣道で、怖かったら竹刀持って来てもいいぞ」
「杏、行くの辞める?」
「うそうそ、ごめんごめん」皆和やかに冗談を言いながら昼休みを過ごしていた。
「辞めた方がいいですよ」
「神来社さん?」神来社ねね、クラスではあまり目立たないで凛太郎達も話しかけられるは初めてだった。一瞬場が静まった。
「あの、そこは辞めた方がいいですよ」
「神来社さん、ありがとう、心配してくれたんだよね、俺たちちょっと見に行くだけだから、そしたらすぐ帰るよ」
「あの、、」神来社ねねはまだ何か言いたそうだったが凛太郎は無理やり話を変えて遮った。

凛太郎は夏鈴と友紀の席に行き弁当を食べ始めた。少し話しすぎたせいで昼休みの残り時間は少ない。急いで弁当を駆け込む。
「しかし杏ちゃんかわいいよな、今日どうにか手を繋げないかな」
「まあ、かわいいよな、でも宮田だってクラスじゃ上位だろ」
「いやいや彼女にはお淑やかさが足りない、杏ちゃんは完璧だろ、ほら、こっち見てるぞ、俺の事見てるのかな」
「まあまあ、妄想はその辺にしとけ、凹んだ時のダメージがデカくなるぞ」


午後4時15分

昼休みが終わり。放課後の時間が来た。凛太郎は終始浮かれ気味で帰っていった。おそらく夜遅くに外に出るのが嬉しいのだろう。夏鈴達には見抜かれていた。そういう他のメンバーも例外ではなくどこか背徳感と高揚感を持ち合わせていた。
夏鈴と友紀はまた駅の近くの道を通る。
相変わらずどこかの熱心に宗教勧誘をしている。輪廻。地獄。極楽。どの言葉も夏鈴に刺さることはなかった。
「あの人達は他人に迷惑をかけてる事が分からないのかな?」夏鈴が言葉を漏らす。
「あの人達は本当に幸せに慣れるって信じてるんだよ、そういうもんでしょ?」
「洗脳?」
「まあ洗脳だよね、でもかといって洗脳されてない人間なんているのかな?誰だって何かしらの自分の中の常識を持っている、それは親であったり学校だったり僕達もしっかり洗脳されてるんだよ」
「まあ、そうだな、友紀、大人だな、でもじゃあ霊魂とかは信じてる?」
「うーんどうだろう、大切な人の事を考えるといないとは言い切りたくはないな、それに正月はおみくじひくし、クリスマスはケーキを食べるよ、宗教ってのは熱心に勉強する人ほどその矛盾に気づいて苦悩するんだってさ、考え過ぎるのは良くないよ」
「そうだよな、輪廻はあるのかな」
「輪廻か、どうしたの?肝試し怖くなった?」
「いや、もし人間をやり続けるのは嫌だなって思って」
「病んでるの?まあ、でもそれこそ地獄かもね」
「輪廻があるなら俺は何だったんだろう?」
「カエルとかじゃない?良くて農民とかでしょ、のんびりしてたんじゃない?」
「友紀、農民も大変だぞ、きっと」
「ごめんごめん、差別的な事じゃなくて有名人とかじゃないってこと僕は、たぶん凛太郎は人間初めてだろうねピュアだし」
「確かに」
「でも夏鈴はもしかしたら大物だったかもね」
「え?なんで」
「なんかそんな気がする大物オーラがあるよ入学式からずっと、何かに悩んで、しっかり答えを出してる、そんな気がする」
「なんだよそれ」
「じゃあ僕こっちだから、また」
「ああ、また、夜!」

九品市 東山 (あづまやま)午後8時7分
「遅いぞ夏鈴!もうみんな来てるぞ」
「ああ、悪い、悪い」
「ここ昇っていくの?」
「そうそう」
「ここ俺も来たことあるけど特に何もなかったよ」
「いや、俺も最近気づいたんだよ、奥に囲いみたいのが出来てて、何かを隠してんだよ、きっと、今回はそれを見つけに行きます」
「あー、了解」
「私たち何も持って来てないけどいいの?」宮田が言う。
「大丈夫今日の為にホームセンターに売ってたスーパーライトを持って来たからこれでバッチリ、後はスマホ使えば大丈夫でしょ」そう言って凛太郎はだいぶ大きい業務用の懐中電灯を取り出した。その威力は凄まじく遠く先まで明るく照らす。
「じゃあ行ってみるか」
そう言って凛太郎を先頭に山道を歩き始めた。外灯は無い。肝試しとは言ってもここは整備された道だバイキングコースとも使われている。夜道の恐怖は皆感じていたが好奇心の方が勝っていた。小枝を踏みパキッと音が鳴る。宮田は少し驚く、だが不安な表情は見せたくはない。気付かないふりをして歩みを続ける。
「岸本さん、大丈夫?」凛太郎がそう呟く。
「うん」
「怖かったら俺と手を繋ぐ?」岸本は首を横に振り宮田と手を繋ぐ。
「幽霊より凛太郎の方が怖いみたいだよ」
友紀が突っ込む。
「凛太郎、杏に触ったら、私が殴るよ」
「はい」凛太郎達は談笑をしながら道を歩き続ける。

午後8時23分

「こっちこっち」凛太郎は山道から外れた山道を指さす。簡易的な立ち入り禁止の紙がある。
「こっちいけるの?」あからさまに整備されてない道を指さす凛太郎に一同不安が募る。
「大丈夫、こっから一本道だから」誰も怖いと言えずにロープ一本をまたぎ奥に入る。
「なかなかの獣道だね、今日スニーカーで来てて良かったよ」友紀が言う。
「どうした?夏鈴、さっきから黙っちゃって、ビビった?」
「いや、さっきから何か聞こえないか?」
「え、何?」
「ほら聞いてみろよ」一同が歩みを止めて耳を澄ますと蝉、コオロギとは別に何かが動くような音が聞こえる。
「なんだろう?でも動物くらいいるだろ」
「いや幽霊なんかよりそっちの方がやばいだろ、イノシシとかいたら」
「大丈夫だろ、イノシシなんかは臆病だし、いきなり襲って来る事はないだろ」
「そうか」
由紀がスマホでカメラを回す。
「なんかいたの?」
「いや、まあ記念に、それに幽霊でも写ったらぼろ儲けじゃん」
「はは、逃げ遅れるなよ」凛太郎が言う。

午後8時41分

「なんかおかしくない?」最初に異変に気づいたのは友紀だった。
「どうしたの?」
「凛太郎、ちょっと一人で歩いてみて」
「なんでだよ」
「いいから」
凛太郎は渋々一人で歩き始める。そこには虫の音と凛太郎の足音。しかし皆気づいた。凛太郎の足音に反響するようにもうひとつの足音がする?
「なんだこれ?」
「おもしろいね、もう1回やってみて、録画するから」
「ああ、いいけど」凛太郎は言葉にはしなかったが少し不安になっていた。夏鈴は怯えることなく辺りを見渡す。
「誰かいるのかな?」
皆辺りを見渡すがそのような姿はない。岸本は宮田に強くひきつく。
「何これ?幽霊なの?」宮田が呟く
「いや、」凛太郎は何かを言おうとして飲み込んだ。
「いや、ここやばいんじゃない?もう帰る?」宮田が言う。
「いや、あともう少しだからそこまで行ったら、すぐ帰ろうぜ」凛太郎が慌てながら言う。そう言って凛太郎ら先に進んでいく。強い懐中電灯を持っているのは凛太郎だけだったので女子達は渋々ついていく事にした。友紀は面白がっているし、夏鈴はひとつも不安を感じていなかった。

また少し歩くと大きな柵が見えた。その柵は素人が見ても異形で至る所に鈴が着いていて御札と紙垂がびっしりと張り巡らされている。
「ほらこれすごいだろ。この前来た時は昼間だったけど夜は迫力があるな」
「なんだろうこれ、何かを閉じ込めてる形?」友紀が近寄って眺める。
「ほら、ついたんでしょ、もう帰るよ」宮田が話す。
「いや、まだ先があるんだよ」
「ちょっと待って、私たちは行かないからね」宮田はそこに座り込む。
「なんだろうこれ」友紀は興味津々で辺りを散策してスマホで撮影する。
「夏鈴ちょっと来て」凛太郎が呼び出す。
「何?」
「ここ、入れそうだろ」
「本当だ」
凛太郎は柵をよじ登る。柵についた鈴が森中に鳴り響く。夏鈴も続いて登る。
「そこ入れるの?」友紀が少し離れた所から言う。女子達はスマホをいじって興味がないようだ。
「そこから入れるぞ」
「待って今からいく!」友紀はスマホをポケットにしまい。柵をよじ登る。
「夏鈴、怖いか?」
「どうだろう」
「この先は俺も行ったことない、何があるかは分からない」
また三人は少し歩いた。

そこにはまた紙垂で囲われた、箱のような物があった。

「なんだろうこれ」
「やばいね、これ何かを祀ってる」
「俺は宗教とか詳しくないから何を意味してるのか分からない、夏鈴分かる」
「どうだろう、何かの儀式とか」
「俺開けて見るわ、友紀撮影してて」
「いや、たぶんそれはルール違反、宗教的なものは敵に回したくないからね」
「なんだよ、じゃあみんなで見てみようぜ」
凛太郎が力いっぱい箱を開ける。
「なんだこれ」
その中には四隅に瓶のような物があり、何か液体が入っていた。そして中央に先を赤く塗られたようじのようなものがある。
もっと怖い物を想像していた凛太郎達は少しがっかりした。凛太郎はそのようじをひとつつまみ。首を傾げる。
「本当になんだろうなこれ」
その瞬間柵に括り付けられていた鈴が一斉に鳴り出した。
「うわ!!!」凛太郎が叫ぶ
「宮田達?」それは宮田達はでは無いと分かっていた。懐中電灯で音の先を照らすと凛太郎は動かなくなった。
「どうしたの?」声をかけた友紀も夏鈴もその理由が直ぐに理解が出来た。
女の顔がこっちを見てる。勿論宮田達ではない。白い顔赤い眼黒い髪。異形の姿に瞬時にこの世のものじゃ無いことは理解出来た。
「ヒッヒッヒッ」異形な物がずっと見ている。凛太郎は固まって動かない。
「凛太郎!凛太郎!馬鹿!逃げるぞ」夏鈴が腕を掴み。凛太郎を引っ張りながら柵の方へと走り出す!友紀も固まっていたが夏鈴の大声で正気を取り戻す。とにかく必死に走り出す。
柵まで来たが体が震えて言うことを効かない。
「どうしたの?」柵の外側の宮田達も夏鈴達の必死の形相にただ事じゃない事を理解した。
「はやく!はやく!」
凄まじい大音量で鈴が鳴る。
「何これ?」
「宮田!逃げろ!!」宮田達は戸惑って動かない。
皆必死に柵をよじ登る。後ろを振り返ると裸で上半身のみ、左右に手が三本づつある女がいた。
「はやく!」
「やばい!やばい!」
そいつは笑いながら蜘蛛のような動きでこちらに近づいてくる。皆半狂乱で柵を飛び越え走り出す。
ただただ後ろを振り返らず走り続けた。ふもとまで降りると皆息を切らして胸が苦しい。各々言いたいことはあったが言葉を出すことは出来なかった。夏鈴はそこでようやく振り返るとそこにはもう異形の姿はなかった。とりあえず一安心して息を整える。
「帰ろう」凛太郎がそう言うと。皆何か言いたそうだったが恐怖で思考が回らず。黙って帰ることにした。

 

次の日 土曜日午前7時15分

夏鈴はアラームより先に着信音で目が覚めた。それは友紀からだった。

「もしも、」
「夏鈴!凛太郎がやばい!すぐ来てくれ」
友紀は凄まじい勢いで話それがただ事では無いことと理解した。急いで着替えて凛太郎の家に向かう。
途中で友紀と合流する。
「どうしたんだよ?昨日の事?」
「そうだよ、たぶん、僕もさっき凛太郎のお母さんから電話あって直ぐに来てって、それにみてこれ」友紀が腕をまくるとそこには漢字だろうかハングル文字だろうか見た事のない文字が書かれていた。
「何それ?」
「分からない?呪い?夏鈴はないの?」
夏鈴も腕をまくるが見当たらなかった。
「ないな」
「そっかとりあえず凛太郎の家に行こう」
俺たちは走って凛太郎の家に向かった。

チャイムを鳴らすと凛太郎の母がものすごい勢いでドアを開ける。
「入って」
「はい、おじゃまします」
「昨日何したの?」
「昨日は肝試しに行きました、あの、えっと凛太郎は?」
「見る?」見る?夏鈴達は最悪を想定した。
夏鈴達は部屋に案内された。入ると凛太郎が痛い痛いと呟きながら横になっている。生きていることに安心したが様子はおかしい。先程見た。友紀についていた印が全身についている。それは不気味に少しづつ広がっている。
「凛太郎!!」その呼びかけに答えることはなかった。痛い痛いと呟くだけ。

その時凛太郎のスマホにまた着信が入る。
宮田からだった。
「もしもし起きてる?」
「ああ、起きてるよ」
「なんか朝起きたら腕に文字みたいなのがあるんだけど、これなに?絶対昨日のことだよね」
「ああ、その事で今凛太郎の家にいる、場所送るから、岸本も連れてきてくれ」
「わかった」電話は切れた。
「昨日何をしたの?」凛太郎の母親が言う。
「え、とあの、柵を越えて、」友紀が説明をしだす。
「何かいた?」
「はい、化け物がいました」
「もしかして箱の中身をいじった?」
「あ、はい、凛太郎がようじの様なものに触りました」
母親は表情を曇らせてどこかに電話をかけ始める。
「なんなんだよ」友紀は呟くが夏鈴は黙っていた。
「車に乗って!すぐ!」母親は部屋に戻ってくると震えた表情で夏鈴達に指示を出した。夏鈴と友紀で凛太郎を担ぎ車まで運ぶ。その間も凛太郎は痛い痛いとつぶやいていた。
「どこに行くんですか」友紀の質問も母親ははぐらかす。そうしてる間に宮田達も到着した。
「夏鈴!」その声は弱々しく震えていた。
「この子達も?」母親が言う。
「はい」
「そう、じゃあ、乗って」たいした説明も無いまま宮田と岸本も乗せられ車を走らせた。痛い痛いと言う凛太郎の言葉以外は無言のままどんどん車を走らせていた。夏鈴は岸本の方を見たがTシャツの隙間から凛太郎達と同じ印が見えていた。

午前11時22分

車が止まった。そこには大きな家。屋敷とも言える豪華な場所についた。夏鈴が凛太郎の肩を担ぎ運ぶ。綺麗な日本庭園がある。玄関について呼び鈴を鳴らすとスーツのおっさんと見覚えのある女の子だった。
「神来社、さん、?」友紀が言葉を漏らす。
そこには巫女の格好をした神来社ねねの姿が見えた。四人は驚いたが言葉にする余裕はなかった。
「これはまずいな、とりあえずその子を運んでくれ」
おっさんが指示を出した。指示に従って皆屋敷に入る。
奥の部屋に凛太郎を寝かすと隣の部屋に通された。母親と宮田、杉本、神来社はもう座っていた。屋敷はとても広い。
「私は納屋と申します、この子達が一緒に入った者達ですか?」
「はい」友紀が返事をする。
「凛太郎は!凛太郎は大丈夫なんでしょうか?」
「お母さんとりあえず状況を確認させてください」
「はい」
「とりあえず昨日の出来事をワシらに話してもらえるか出来るだけ詳しく丁寧に」
「あの、」宮田が話そうとしたが友紀が冷静に淡々と説明を始める。
「今なんて言った!」納屋が怒鳴る。
「え、いや、凛太郎が爪楊枝みたいな物を」
「まさか、あれを動かしたのか?」
「箱の中に小さな棒があったと思いましたがあれを動かしましたか?」神来社が納屋を遮り話を進める。
「はい、凛太郎が動かしました」
はぁと納屋がため息をつく。
「お母さん残念ながら息子さんはもう無理です」
「そんな、何とかしてください、なんでもしますから!」母親は始める。
「そんな凛太郎は、ちゃんと説明して下さい、あれは一体なんなんですか?」友紀が珍しく声を荒らげる。静かに納屋は語り始めた。
「あれの名は姦姦蛇螺(かんかんだら)と呼ばれている。昔人を食う大蛇に困り果てた村人達がある有力な巫女に討伐を依頼したんだ、そして村人が見守る中、術式や剣舞でたちむかった、しかし僅かな隙をつかれて大蛇に下半身を食べられてしまったのだ、それでも巫女は村人達を守るために抗い続けた、だが下半身を無くした巫女に勝ち目はなかった、そこで勝ち目は無いと判断した村人は巫女を行きに生贄にする代わりに村人の安全を保証して欲しいと大蛇に持ちかけた」
「そんな」杉本が言葉を漏らす。
「そして強い力を持つ巫女が疎ましかった大蛇はそれを承諾した、食べやすいようにと村人達に腕を切り落とさせてな、そうして村には一時の平和が訪れた、後にそれは同じく力を疎む巫女の家の者が計画した事と分かるしかし、異変はすぐに起きた大蛇は居なくなったが村人達はどんどん死んでいった、身体中に呪印を残してな、みな左右どちらかの腕を無くして巫女の家族六人と他十二人が無くなり生き残ったのは四人だけだったって言い伝えだ」
皆黙って聞いていた。友紀が唾を飲む。その音が夏鈴にだけは聞こえていた。ゆっくり神来社が話し出す。
「そこで生き残ったもの達で相談して供養を始めました、正確には供養と言う名の封印ですが、その時々によって生き残った者の子孫達が管理者を決めて封印する場所は変を変えます」
「基本的には姦姦蛇螺の事は管理者以外は知らない、付近のもの達には万が一の相談先の連絡先が伝えらる、それで今日家に連絡が来たってことだ」
「似たようなケースで何度かうちのもので姦姦蛇螺を祓った者も何人かいましたがその全員が2~3年の間に無くなっています、それほど危険なものなのです」
「お前らどれほど危険なものか分かっただろ、棒に触ってないお前らなら何とかなるかも知れないがあの子はもうダメです」
「そんな!!」母親が泣き崩れる。
「お前らも見たんだろ巫女の下半身を」
「いや、下半身?僕が見たのは上半身だったような」
「私も手が六本ある、蜘蛛のような女の人」
「わたしも」
二人はハッとする。
「本当に見てないのか?」
「はい」
「お母さん何とかなるかも知れない」
「本当ですか?」
「本来ならあの棒の形を変えて下半身を見ることで巫女の怨念を浴びることになる」
「でも危険なものには変わりはありませんが」
「すぐに解呪を始めよう、お母さん以外全員隣の部屋に移動してください」
「ねね様」
「はい、覚悟は出来ています」
「神来社、さん、貴方は何者なの?」友紀が移動しながら質問をする。
「私は生き残った巫女の子孫です、姦姦蛇螺とも血の繋がりがあるのです、私たちはだいだい封印を守って来ました」
「呪いも溶けるの?」
「正直分かりません五分五分です、私も命を落とす可能性もあります。私が学校でもっとしっかり止めていれば良かったのですが、申し訳ありません」
「神来社さんのせいじゃないよ、悪いのは私たち」宮田が言った。そして誰も否定はしなかった。
「さあ、皆座って、呪印をみせなさい」友紀達は隣の凛太郎のいる隣の部屋に移動して呪印のある腕をまくる。
「ほら、お前も」夏鈴に納屋が言うが夏鈴には呪印が見当たらなかった。
「あなた呪われなかったの?」
「ああ、そうみたいだ」
「少しみせて」神来社は夏鈴の手を握り目をつぶった。
「あなたの前世、相当強い魂みたいね」
普段全く前世や霊魂を信じない夏鈴だったが現実に起きているこの現象に疑う余地は無かった。
「ねね様」納屋が日本刀のようなものを神来社に渡す。何をする気だろう。神来社は日本刀を隣に置き、凛太郎の前に座る。
「皆さん準備はよろしいですか?」
何が起きるか分からなかったが言葉を発する者はいなかった。
神来社は指を複雑に組み、呪文の様なもを話始めた。お経に近い、何を言ってるかは分からなかった。
「泥を知り大罪をなせ、闇を集いて強欲を作り出し死に寄り添い、我が右手に城門、我が左手に完封せよ、#呪殺解放!!__・__#」
「きゃ!!」最初に異変に気づいたのは杉本だった。腕の呪印がうねうねと動き出す。それは腕から手首そして指の方にいき体から外れた、そして畳をつたい凛太郎の方に集まっていった。皆同じ事が起きていき呪印が渡った凛太郎の方を凝視していた。凛太郎に書いてある呪印も胸の方に集まりひとつの黒い塊になっていった。すると黒いモヤのような物が胸から立ち上がりそれは少しづつ形を作り出していった。
最初に分かったのは黒く長い髪、青白い肌、六本の腕、姦姦蛇螺だ。そいつはゆっくり目を開いた。赤くおどろおどろしい目だ。そいつは形が定まるとすかさず神来社に襲いかかる。神来社は瞬時に反応して刀を抜く。浅い。姦姦蛇螺は避けて距離を取る。
「ヒッヒッヒッ」
「距離を取るか、ただの呪素の割に賢いみたいですね」
「お前を殺すのを夢に見てましたよ」
「驚いた、話すことも出来るのですね、貴方を呪放させます」
「貴方如きでは無理よ、皆殺しにさせて貰うわ」
「蒼魚の系譜血染めの雷光!蛍姫!」神来社は大きな珠々を振り回し手から黄色い光線は放つ。姦姦蛇螺はそれを紙一重で交わす。天井には大きな穴が空く。日傘仕込みそるは天使のはしごのようだった。
夏鈴は想像絶する戦いに今にも逃げ出そうと思ったが夏鈴以外は意識はあるが生気を抜かれたようにぐったりしてる。それに戦火の下には凛太郎がいる。見捨てる訳にはいかない。
姦姦蛇螺は腕を伸ばし神来社に飛びかかる。神来社も刀を構えカウンターを狙う。
「ねね様」納屋は祈るように戦況を見つめる。
神来社は爪で引き裂かれ肩に傷を負う。姦姦蛇螺もカウンターをくらい腕の1本を切り落とされた。
「神来社ねね、幼いのに意外といい動きをするじゃない」
夏鈴は友紀達を揺するが友紀達はまだ動けそうにない。
神来社と姦姦蛇螺は睨み合い動き出さない。
「これならどう?」
姦姦蛇螺は方向を変えた。夏鈴は誰より先にそれに察して動き出す。姦姦蛇螺は凛太郎に襲いかかる。かばう形で夏鈴が多いかぶる。「ねね様!!」納屋が叫ぶ。夏鈴達を守るために神来社が太ももを噛み付かれた。直ぐに刀を振ったが避けられ距離を取られる。
「神来社!」
「一人で逃げなさい」神来社の出血は酷かった、もう動けそうにない。
夏鈴は神来社の刀を奪い構える。
「あらあなたなんで動けるのかしら?」
「うるせえ、かかってこい!」
「無理だ」納屋が割り込む。
「なんだおっさん、戦えるのか?」
「わし程度では呪殺する事は出来ないだが時間稼ぎ位は出来る思念体の持続時間は2.3時間程度、ここでわしが食い止める、動けるならお前一人で逃げなさい」
「そんなこと出来るかよ」夏鈴は脂汗を流しガタガタと震えながら持ったことも無い素人の構えで姦姦蛇螺と対峙する。
「全滅したいのか?いいかワシが術式を唱えてる間に逃げなさい」
「くそ!!」
「黒縄の鎖、冥府の契、東の狐、西の狸、我封印の力を欲する、和道冥縛」納屋は光の鎖を出し姦姦蛇螺を絡みとる。確かに動きを止めたのだがその鎖は細い、夏鈴は素人目にもそれが長く持つものでは無いと想像がついた。
「はやく、逃げなさい」
「嫌だって言ってんだろ!」
ガシャガシャいいながら姦姦蛇螺は暴れている。納屋は汗をかきながら息を切らしている。
「分かったはひとつ賭けてみる?」
「なんだよ」
「私の術で貴方の輪廻を呼び起こすの、今私たちに出来るのはそれしかない、失敗したら貴方は死ぬし、成功しても死ぬかも知れない、それでもやる?」
「何言ってんだよ、みんなを守るにはそれしかないんだろ、やるに決まってんだろ」
「分かった、こっち来て、いきます」
神来社は珠々を振り回し、指で印を結ぶ。
「生命の記憶、武功の名前、天地の母君、海王の父君、魂の鎖よ引き戻したまえ、前世の記憶を呼び起こせ#輪廻転生__・__#」
神来社ねねは夏鈴の胸に手を当て力を送り込む。その瞬間手を当てた所が発光する。夏鈴は意識が飛び、倒れ込む。
「失敗?」神来社は頭を抱え込む。
「ねね様、もう持ちません」
姦姦蛇螺は鎖を引きちぎり神来社達に襲いかかる。その瞬間姦姦蛇螺の腕は切り落とされた。姦姦蛇螺は何が起きたか理解出来なかった。
それをやったのは夏鈴だった。
「やった、成功した」神来社が言った。
「貴様!何者だ」姦姦蛇螺が慌てて問う。
「伊庭の麒麟児」
「対魔 冥府殺」夏鈴がそうつぶやくと同時に目にも留まらぬ抜刀術で姦姦蛇螺は真っ二つになった。
「クソっ!」
「屋敷夏鈴、前世の名は伊庭八郎、隻腕の剣客、抜刀術お見事」神来社がつぶやく、それと同時に夏鈴は力が抜けた。マラソン大会の後のような疲れの感覚だ。
「俺がやったのか」
「ええ、そうよ、術が上手くいったようね」
「そうかでも別に記憶とかが全部思い出す事じゃないんだな」
「そうね、そういうものよ」
「ううう、」姦姦蛇螺が蠢く、しかし戦う力はもう無い。
「まだ動けるの?」
「屋敷夏鈴、名は覚えたわ、貴方は仲間を見捨てて逃げなかったのね、フフ、貴方ならもしかしたら私本体を倒す事が出来るかもね、覚悟があるならいらしてちょうだい、土産をあげるわ」
姦姦蛇螺は夏鈴を睨んだ。
「蛍姫!」神来社が呪文を唱えて光線で姦姦蛇螺にトドメを刺す。その呪体は砂のように消えていった。

午後2時13分

5人は別の部屋で寝かしてもらっていた。奥の部屋からは凛太郎の母が何度も納屋さん達お礼の言葉を言っているのを夏鈴には聞こえていた。しかし夏鈴も体力の限界が来て。眠りについた。

午後7時36分

夏鈴は最初に感じたのは夢、しかしこの家の天井を見てそれが現実にあった事を再確認した。
夏鈴が最初に起きたがみんなまだ寝ていた。スマホを見てると杉本杏が起きた。
「あれ、やっぱり夢じゃないんだ」
「おはよう、岸本、もう大丈夫なのか?」
「うん、屋敷くんが助けてくれたんだよね」
「ああ、いや、神来社が助けてくれたんだよ」
「神来社さんか、お礼言わなくちゃ」
「そうだね」
その後友紀も宮田も起きた。二人とも同じような反応をしていた。

「体調の方は良くなったか?」皆の体を心配して納屋がお茶を持ってきた。
「あの今日は本当にありがとうございました」
「それはその少年とねね様に伝えてくれ」
「神来社さんには会えますか?」
「今は療養中だ帰りの時に挨拶するといい」
「はい」

午後8時11分

「あれ、俺、」凛太郎が目を覚ました。
「凛太郎、あなたどれだけ心配させれば気が済むの?」母親がかけよる。その様子をみて皆一安心した。
「母ちゃん、みんな、俺どうして」
友紀が今までの事を説明する。
「そうか、ありがとう母ちゃん、ありがとう皆、神来社さんは?」
「怪我して今は別の部屋で療養中だって、でも僕達もお礼言わないといけないから、みんなで行こう」

「納屋さん、神来社さんに会いたいんですけど」
「はい、着いてきなさい」奥の部屋に進み、扉をノックする。「ねね様皆さんがお礼に来ました」
「はい」
扉を開けると包帯に巻かれた神来社の姿があった病院の匂いがする。
「神来社さん、ごめん、神来社さん、ありがとう」凛太郎が頭を下げて、それに続いてみんな頭を下げる。皆何度もお礼を言った。
「あの、謝礼の方は」凛太郎の母が納屋に尋ねるのを夏鈴は聞いていた。
「ああ、結構です。うちの柵があまかった事もありますし、何よりいい収穫があったので」

そう言って。凛太郎の母の運転で皆帰路についた。

Every man is the architect of his own fortune.

新曲が出来ました!!オリジナル楽曲完成しました!

オリジナル楽曲が出来ました!うぅぅ嬉しすぎる。

 

めちゃくちゃいい曲です!

 

是非聴いてください!

 

FLARE【鏡音リンVOCALOID

youtu.be

 

今回もイラストが神!!

 

f:id:mikarn777:20210709175355j:image

 

はじめまして MIKARN/未完です。第一子が完成しました。 可愛がってください。

「It's all your Fault」

words MIKARN 

Twitter @mikarn777)

Instagram(mikarn07) https://Instagram.com/mikarn07/

music シエシ度

illust わんけー

TigerHorse(tigerhorse2021)

小説、歌詞、ブログ、私の世界、覗いてください。 https://mikarn777.hatenablog.com/ 今後も定期的に新曲をアップロードして行く予定です。チャンネル登録よろしくお願いします。20曲くらい構想があるのですが軍資金が足りません。そこでクラウドファンディングを立ち上げたのでお力添えして頂けたら幸いです。

クラウドファンディング.リンク https://camp-fire.jp/projects/view/432938 この曲はまだ完成ではありません 人の声で歌ってみた MAD等のcover楽しみにしています。 皆様のお力をお貸しください。よろしくお願いします。

 

うう、感無量でございます。

 

新曲が出来ました!

なんと、なんと、なんと

オリジナル楽曲が完成しました!

ずっと曲を作りたくて何年も過ぎましたが、やっと完成しました!

ぜひ聴いてみてください!

 

 

youtu.be

 

ああ、イラストが素敵過ぎる。

f:id:mikarn777:20210612093911j:image

 

はじめまして MIKARN/未完です。第一子が完成しました。 可愛がってください。

「It's all your Fault」

words MIKARN 

Twitter @mikarn777)

Instagram(mikarn07) https://Instagram.com/mikarn07/

music シエシ度

illust わんけー

TigerHorse(tigerhorse2021)

小説、歌詞、ブログ、私の世界、覗いてください。 https://mikarn777.hatenablog.com/ 今後も定期的に新曲をアップロードして行く予定です。チャンネル登録よろしくお願いします。20曲くらい構想があるのですが軍資金が足りません。そこでクラウドファンディングを立ち上げたのでお力添えして頂けたら幸いです。

クラウドファンディング.リンク https://camp-fire.jp/projects/view/432938 この曲はまだ完成ではありません 人の声で歌ってみた MAD等のcover楽しみにしています。 皆様のお力をお貸しください。よろしくお願いします。

 

うう、感無量でございます。

 

【しょくざい】第2話【幸福論】

f:id:mikarn777:20210524192814p:image

 その日はとても混んでいた。この地獄のレストランで客の出入りが多い。ここで働く設楽は考えていた。ここが混むということは現世ではあまり景気が良いとは言えないことだからだ。ここに来る客は全て自ら命を捨てた者。しかしこの地獄が忙しいとはいえやって来る客にわざわざ悲しみや哀れみという感情はない。だがなんとも複雑な気持ちだ。混ざりたて多色の油絵の具、黒や紺たまに赤それを何度もぐるぐると中心を円に混ぜていくような感情だ。とても息苦しい。
 今日は設楽がこの地獄に来てから一番混んでいる。ほぼ満席だ。設楽は思った。いったい下でなにがあったのだろう。
 そんな中また1人男性の客がこの店に入り込んだ。見た目はだいぶ若い、20代前半に見える。
「いらっしゃいませ」
 一人がそう放つと他の奥にいるスタッフがまちまちに「いらっしゃいませ」と続ける。
「今日何かあったんですかね」設楽は先輩の石田に問いかける。
「おれも初めてだよ、集団自殺でもあったんじゃないの?」
 手際よく料理をしながら設楽と石田は何があったのかを探ろうとしていた。
 先程店に来た若い男は現状を理解出来てない様子で呆然と壁を見ていた。設楽は水を置きに行く。
「いらっしゃいませ」
「あ、はい、あの、俺死んだんですか?」
「はい、そうなりますね」
 ここに来るものは皆自ら命を絶った人間だ。ここは地獄の給仕所。それに違いはない。自殺したのに死んだことに気がついて無い事などあるのだろうか不思議な話だ。
「マジか俺死んだのか」
「まだ未練がございましたか?」
 設楽が丁寧に聞き返す。
「未練ありまくりですよ、俺まだ23ですよ、マジかよ死んだのかよ、戻れないんですか?なんとか、今週のマンガ読まないと、それに仕事もあるし、どうしよう、なんとかなんないですかね」
「そうですね、戻るのは出来ませんね」
「嘘だろ」
「まず、水でもいっぱいどうですか?落ち着きましたしら注文を伺いに来ますね」
 設楽は不思議そうな顔をして厨房に戻った。
「どうだった?」
「それが自分が死んだことに納得してないみたいです」
「どういう事だよ、自殺じゃないのかよ?」
「そうですね、変なんですよ」
「まあいいや、取り敢えず作らないとな」
 石田は大きなフライパンを片手で回してチャーハンを炒めていた。
 設楽も野菜を切り始める。厨房は大忙しだ。
 料理を作り。届ける。注文を取り。料理を作り。届ける。毎日これまでやってきたがこんな忙しいペースははじめてだった。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
 また新しいお客様が入店された。普段使っていない奥の席に誘導されていった。
「一体どうなってんだよ」
「そうですね、あそこの席使われてる初めて見ましたよ」
 奥の席にまで人がはいる。
「俺も初めてだよ」
 この地獄の食堂は決して広くは無い。しかし満員になる事など無かった。設楽が来てからは多いときでも10人くらいだった。今目の前に20~30人くらいいる。厨房は半狂乱でパニックに近かった。設楽たちシェフは止まることなく腕を振るい続ける。
 厨房の忙しなさとは裏腹にお客様達はどんよりと誰も口を開かない。暗く沈んでいた。
 中華にフレンチ、イタリアン、和食。設楽は額に汗を垂らしながら無難に注文をひとつひとつ丁寧に作り上げていた。
 さらにオーダーも取らないといけない。
「すいません」
「はい、少々お待ちください」
 厨房にいる人間はみんな一生懸命料理を作ってる。誰もオーダーに行ける状態じゃなかった。私は野菜を切りドレッシングをかけてサラダを完成させる。
 サラダを注文した女性に渡しにいく。そのままオーダーにいく。
 店員を呼んだのは先程入店した客で20代前半の男だ。そいつは外の様子をじっと見ていた。
「外ってどうなってるんですか?」
「眩しいですよね、私は行ったことないで分からないですけど行ってみたいですよ、注文はお決まりですか?」
 外の景色か、考える暇もない。いつもと同じ。罪人は外には出られない。今は注文が第一だ。
「外行きたいな」
「お客様はお食事が済んだら行けますよ」
「そうですか、やっぱ店員さんとか見てると死んだ実感湧かないな、お客さんもたくさんいるし」
「そうですよね、注文はお決まりですか?」
「あ、スパゲッティ出来ます?タラコの。腹減りましたよ。あ、辛くないやつでお願いします」
「かしこまりました」
 その男は外をじっと見ていた。次に行く場所。眩しくて明るい場所。私たちには縁がない場所。
 空腹の死人かこれも珍しい。設楽は急いで厨房に帰る。
「たらこスパお願いします」
「はいよ」
 設楽も考えていた。外には一体何があるのだろう。分からない。出たいと思っても出られない。一体何があるのだろう。こんなにも近くにあるのに外に出られないジレンマ。悔しい。罪の重さをまたひとつ噛み締めた。
 今が夜なのか昼なのか分からない。一日が経つ事で日にちは何となく分かるがいったい何年ここにいることになるだろう深く考えると気が狂いそうだ。設楽は料理に気を戻す。我々は何の為にいつまで存在するのだろう。分からない。


まずは沸騰したお湯にパスタを投入する。慣れた手つき無駄な動きは一つもない。湯気と泡に沈む艶やかなパスタ。味付け無しでもきっと美味い。タイマーがなりお湯を切る。
フライパンに有塩バターを中火で溶かしてタラコを加えて炒める。甘い香りが厨房を包む。じわじわと火を通す。そしてそこに醤油とマヨネーズを加えて味付けをしていく。マヨネーズが優しく溶けていく。そこにパスタと塩、こしょうを加えて、中火で全体が馴染むように炒め合わせて行くいい香りだ。そして火を止める。皿に綺麗に盛り付けて小口のネギとのりをかければ完成だ。なかなかうまくいった。自分で食べたいくらいだが客に提供しよう。

 設楽はタラコスパゲティを運びながらたまらくなった。もう何故こんなに混んでいるのか知りたくなった。このたらこスパゲティを注文した男性は聞きやすそうだったので思い切って聞くことにした。
「お待たせいたしましたたらこスパでございます。ごゆっくりお過ごしくださいませ」
「あ、どうもありがとうございます。死んでもお腹って減るもんなんですね、何か死んでもいろいろ大変そうですね、明日から会社に行かなくてもいいと思ったんですけどここでも働いてる人はいるし」
「そうですね、でもお客様は珍しいですよ、基本はあまり喉を通らない方が大勢です、」
「あ、やっぱりそうなんですね、いつもこんなにいるんですか?」
「いつもは空いてます。今日は珍しい方ですね」
「そうなんですね」
「お客様はどうしてこちらにいらしたんですか?」
「いやー、死ぬ気は無かったんですけどこれで」
 男は手首を二本の指でトントンと叩いた。
「薬ですか?」
「そうですね、脱法ハーブってやつです、この辺にいる人だいたいそうじゃないですか?新しいのが海外から入ったんですよ、ぶっ飛びすぎて最後は記憶ないですよ、まさか死ぬとは思いませんよ」
「え、自殺じゃないんですか?」
「んー、自殺じゃないですよ、死ぬ気なんて全く無かったし事故ですね」
 設楽は首を傾げたここは自殺者専用のレストランだ。何故事故者がここにいるのだろう。こんなことは設楽が来てから初めてだった。脱法ハーブは自殺とは言えないだろう。薬はやった事ないが命を捨てるほどなのだろうか。
「シャングリラ?」
 隣のテーブルに座る中年男性が入り込んできた。
「そうですシャングリラです」
「なんですかそれ?」
「薬の名前です。最初は気持ちよかったんですけどきれそうになると吐き気が来てまた追加してそんなことしてたら仏になってましたよ、俺一人暮らしなんですよ俺の体ちゃんと見つけてもらえるかな」
 男はパスタをすすりながら話していた。
「どうでしょうね、現世のことは私達には分かりかねるので」
「そうですか」
 ズルズルと音を立ててパスタをすする。
「でも勿体ないですね」
「まあ、そうですね」
「いや、そうとは思えないなあの感覚はあの薬をやらないけと経験出来ないだし、あの経験が出来た人間はほとんどいない、きっとこれから俺たちの死を見て世界からシャングリラは規制を受けて排除される、俺にとってはあの経験が出来ない人生の方が勿体ないと思うよ」
 快楽を知らないで死ぬ。人はどう足掻いても死ぬ。例えば薬物を辞めてもやってた後遺症は残るとしてそれで脳が狂ったとしよう、人生を何も考えなくて済むのならそれはそれでいいのではないのか、それは幸せな事ではないのか苦しいこともなくただ何も考えられないこと、それは幸福なのでは無いのかどうせ死ぬのだし人は思考があるから悩み苦しむ私も死ぬ前にやっておけばよかったかもしれない。人を傷つけるくらいならいっその事狂ってしまえば良かった。正常に狂うそれがどれほど辛いことなのか耐え難い。
「人生満足されましたか?」
「どうでしょう、まあやり直したことはいっぱいありますよ、まだまだ」
「後悔してますか?」
「いや、どうだろう、後悔する事は沢山ありますよ、薬物以外も、そんなのほとんどの人がそうじゃないですか?満足してない後悔もない人間なんてほんの一部でしょ?それに後悔がない人間なん超楽観的な馬鹿くらいでしょ」
「まあ、そうですね」
「お兄さんは後悔は無かったのですか?」
「まあ、ありますよ、もし生き返れたら薬は辞めますか?」
「うーんどうだろう、たぶん、またやるだろうね、今は死んでるおかげなのかそんなにしたいとはと思わないけど、生前はしたくしたくたまらなかったよ一日中。人間辞めるか薬物辞めるかなら人間辞める方を選んだよ、まあだから死んじゃったんだけどね」
「難儀ですね、私も人間辞めた身だから何とも言えないですね」
「お兄さんはなんでここにいるんですか」
「私は、うーん、それは言えないですが、でも人道を反したってことですね」
 
 それは法を犯してまで命を捨てる程の価値があるのだろうか設楽は疑問を残したまま厨房に戻った。

 

厨房に戻り料理をしながら石田と話す。
「なんかわかったか?」
「どうやら現世で最近流行っている薬物らしいですよ、だからみんな自殺のつもりもないらしいですよ」
「薬物?」
「はい、そうです」
「なるほどね、上さんはそれを自殺に判定なさったのか深い事されますな、薬物も自傷行為になるのかね」
「うーん、どうなんですかね、でも本人たちはまるで自覚は無かったですよ」
「設楽、お前はやったことはあるか?」
「いや、自分はないですけど」
「そうか、あれはいいぞ、まあ俺はシャブ中にはならなかったけどな、一度はやっておいて損はないと思うよ」
「そうですか、石田さんは何をしてたんですか?」
「俺は覚醒剤大麻だよ」
「そうですか、やっぱいいものですか?」
「そうだね、ここを出られるならもう一度してみたい物だよ、あれを知らないのは損だよ」
「何薬物の話?」料理長が話に入って来た。
「そうです、今いるほとんどの客が薬物でここに来たらしいです」
「そうか、俺も酒と薬物でここにいるみたいな物だからな、人ごとじゃないね」
「料理長もやってたんですか?」
「まあ、麻薬とセックスと殺人はセットみたいなもんだったよ、どれかを知らなければここにいなかったんだろうけど、設楽君は一度もやった事ないの?」
「はい、自分は一度もないですよ、結構真面目に生きて来たので」
「真面目ね」
「真面目に生きてたらここにはいないだろ」石田が一蹴する。
「はは、そうですね、まあ無難な人生では無かったですよ」
「そうだよな、みんな何かを背をって生きて来たんだよな、俺らの人生なんて勿論人様に誇れるような物では無かったけど、巻き戻ることは出来ないし、どれだけ悔いが残らない事が大切なのかも知れないな、今いる客もここでいったん思考を整理して、次のステージに向かって行くしかないんだよな」
「何が正しくて、何が幸せ何ですかね?無難な人生が幸福なんですかね?」
「難しい話だよな、俺も最近よく考えるんだ。博学と無知はどっちが幸せなんだろうって二人はどっちだと思う?」
「え、そりゃ、頭いい方がいいんじゃないですか?」
「そうだよな」
「いや、俺は馬鹿の方がいいと思うよ」
「うん、そうか、そうなんだよ、利口になると世の中を上手く生きられるようになると思うけど、世の中を知れば知るほど生きづらくなっていったりもするんだよ、ならいっそ何も考えることが出来なければ楽だとすら思えてくる、まあ無知な人間はきっとそんな事も考えない、何も知らないが、何も悩む必要がない、それは幸せと呼べるのだろうか薬物の話に繋がるが知っているのと知らないのはどっちが幸せなのかって話なんだよね」
「どうなんですかね、料理長、難し事考えますね」
「最近自分の存在意義を考え始めてそれはきっと人生を見つめ直す事なんだよ、二人は自分の人生に悔い無いのかい?」
「まああるっちゃあるけど」
「まあ自分も戻れるなら学生時代くらいに戻りたいと思いますよ」
「後悔や反省を繰り返す、こうやって客と向け合って自分たちの人生を見つめ直す為にこの世界は存在してると思うんだ、まあ俺が思っているだけで押し付けたりはしないけどね」
「自分もここの存在、自分自身の存在価値に疑問を持つことはありますよ、でも正直逮捕された時も裁判している時も今現在も反省というか、そういう気持ちはありませんし、今後もする気も無いです」
「いや、もちろん、すぐに考えを改める必要は無いんだよ、でも時間はあるんだ、命について見つめ直してもいいんじゃ無いかな?私たちは命を粗末にして来たんだ、他人もそして自分自身もね」
「まあ、そうですか」
「俺は、うん、どうだうろう、でも俺が刺した人間が夜な夜な現れてうなされる事はあるよ、そん時は流石に反省っていうか後悔というか、まあそういうのはあるよな」
「石田さんもそんな日があるんですね、結構繊細なんですね」
「まあ、石田君も設楽君もそれでいいんだと思うよ、それでこそ正常何だよ、お互いね、確かにここに来る人間は全員人の道をそれた人間だ、でもだからこそ普通でいなければいけない、ここではもう逃げる事は出来ないんだ、薬をやる事も気に入らない人間を殺す事も、自ら命を絶つ事も出来ない、そこにこの地獄の価値はきっとあると思う」
「確かにここはどこにも逃げられない、うん、そうだな、とりあえず仕事をしないとな」
私たちは手を動かし料理を作る。私はこれまで思考から逃げていた。何とか仕事をして考える事を後回しにして来た。しかし確かに考えなければこの地獄に意味は無いのかも知れない。考える為にここは存在しているのかも知れない。ただ日々を過ごしてはいけない、食事を提供する側も食事を取る側も命を考えなければならない。
「自分もう一回話して来ますね」

 

✳︎
「どうですか?満足できましたか?」
「はい、美味しかったですよ」
たらこパスタを頼んだ青年に話しかける。
「この先に逝く準備はできましたか?」
「ううん、どうだろう、正直まだ死んだって実感もないしな」
「そうですか、コーヒーでも飲みながら少し話ます?」
「ああ、そうですね、じゃあ一杯いただきます、アイスで」
「かしこまりました」
厨房に戻り仕込んでいたコーヒーを入れる。丁寧に。そして氷を入れる。黒く輝くその液体は焙煎された心地良い香りがする。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
その青年は一口コーヒーを飲み込む。
「美味いです」
「いつから薬はやってたんですか?」
「え、ああ、そうですね、3.4年くらい前、10代の頃からですかね」
「そんな若い頃からされてたんですね」
「そうですね、もともとは覚醒剤をやってました、大学でどうしても落とせない単位があって先輩に紹介されて貰いました」
「なるほど、集中力が上がったりするんですか?」
「そうですね、元気になります、まあ辞められなくなりますけど、でも、自分は何度もやめようとしたんですよ、流石に捕まるのが怖くなって合法の脱法ドラッグに手を出したんですけど、まあ、その結果がこれですけど、でもこれで良かったのかなーって思ったりもしますよ、どうせこのまま生きていてもろくな人生じゃ無かっただろうし、明日会社に行く必要もないですしね、正直ちょっとホッとしています」
「死んでよかったって事ですか?」
「うーん、もちろんやりたかった事とか未練とかは確かにありますけど、それより今は安心感の方がありますね、変ですかね?」
「いやそんな事もないですよ、亡くなって安心できた人もたくさんいらっしゃいますよ」
「そうですか、振り返れば、俺の人生なんか褒められた物じゃないけど、一生懸命生きたし、うん、短い人生だったけどやりきったかなって思います」
「そうですか、きっとそう思えたなら合格ですね」
「はい、じゃあそろそろいってみようかな」
「生まれ変わったら、もう一度薬やります?」
青年はただ笑顔で返事をして、この店を後にした。

麻薬を使用して死ぬのと麻薬を知らずに生きるのどっちが幸福なのだろう。果てしない快楽を知らないで生きることは本当に幸せな事なのだろうか、その時設楽はしない方と口に出そうとしたがそれを飲み込んだ。喉がなる、確かに生前似たようなことを考えた事もあった早くて楽しい人生か長くつまらない人生、これなら多くの人間が早くて楽しい方を選ぶのでは無いだろうか、これですら議論は及ぶ。同じでは無いが似ている気はする麻薬を使用して死ぬ、麻薬をやらずに生きる。物によっては世の中の快楽のトップになりうる物あるらしい。そう考えると1番の快楽を知らないで死ぬことは不幸な事かも知れない。
 死んでいるからもうどうする事も出来ないのだが、もう一度生きるとしたらどうだろうか薬物に手を出すだろうか、人間の禁忌にに手を付けたからここに落ちたのだからもしチャンスがあったら使っていたかも知れないと思っていた。
 人生とは何なのだろう。記憶を失い長く短い生にしがみつき禁忌を侵さずに死んでいく。それはとても不幸なものでは無いか。必ず終わりを作るなら好きな事をした人間が得ではないか禁忌を犯したからここに縛られているが純新無垢な魂はまた人生を与えられる、それは酷なものでは無いのか、この世界には人生にはいや生物には幸福なんてもの存在しないのかも知れない。設楽は頭を悩ませていた。
 しかし麻薬を使用した人間の周りにいた人間を不幸にする可能性は大きいのかも知れない。幻覚や暴力で周りに迷惑をかけてはどうしようもない。
 使用している本人が幸福でも被害に会う人間もいるし仮に人を殺めでもしたらそいつも一緒に地獄の住人だ。

 

視線【短編小説】

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帰宅

時間は20時頃。
私は仕事を終えて自宅のアパートに帰る。
いつもと同じアパートに。
最近何故かずっと視線を感じる。誰もいない部屋の中からどこか違和感を覚えた。
実家を出て一人暮らしを始めてからもう1年くらいになる。少しは慣れてきた。

だが何故だろう。妙な違和感は消えない。
リモコンの位置が変わっている気がする。
トイレットペーパーが減っている気がする。気のせいだろうか。分からない。
確かめる勇気もない。方法も分からない。
誰もいないはず。誰もいないはず。
そもそも部屋は狭い。人が隠れるスペースなんて場所無いのだ。
人がいるならすぐ分かる。
隠れる場所などない。
怯える必要なんて無いのだ。
私が心配性なだけだ。
そんなときドンと物音がした。トイレの方だ。思わず唾を飲む。身体が凍りついたように動かない。またドンと音がなる。違う。違う。耳に神経が集まる。無音の中私の唾を飲む音だけが聞こえる。
ドタドタと音は続く。どうやら隣の家のようだ。ひと安心する。最近気を張りすぎている。大丈夫私の勘違いだ。疲れているのだろう。今日はすぐシャワーを浴びて寝よう。
ひとつ背伸びをして天井を見上げる。
そこで真っ赤な目と目が合う。恐怖で目線を逸らす。気のせいだ。気のせいだ。気のせいだ。恐る恐るもう一度そこを見る。目はない。気のせいだ。シミが目に見えただけだ。
深い呼吸する。もう耐えられない。私は私自身の想像力に押しつぶされそうになっていた。
ソファに深く沈む。額に油汗が滲む。
そっと深呼吸して落ち着こうとする。
気分を変えようとスマホを眺める。その時ふっと背中からうなじに生暖かい息がかかる。気のせいだ。気のせいだ。気のせいだ。後ろを振り向く勇気がない。身体が固まり動けない。気のせいだ。気のせいだ。気のせいだ。ゆっくり振り向く。そこには誰もいなかった。いつも通りに自分のアパート。気のせいだ。気のせいだ。私はもう20歳になる。大人なんだ。幽霊なんて居るはずない。
最近残業も多く疲れが溜まっていたのだろう。自分を言い聞かせる。
事実何も起きてないのだ。それが何よりも証拠になる。私は靴下を脱ぎ洗濯機の中に放り込んだ。
LINEが来てる。友達からだ。
「週末飲み行かない?」今週は仕事だった。「ごめん!今週は仕事で行けそうにない。また誘って」謝罪の絵文字を添えて送った。疲れも溜まっているので本当に行きたかったが仕方無かった。
スマホを枕元の充電器に刺し。風呂の支度を整える。
服を脱ぎ。風呂に入ることにした。風呂場は冷えている。尚全裸なら更に寒い。お湯を出すがなかなか温まらない。寒い。鏡で見る自分の姿が前より細くやつれて見えた。どこかで疲れを取らないといけない。
湯気が立ち上る。お湯になっただろう。手で温度を確認する。丁度いい。頭から浴びる。全身がお湯の温かさに包まれて心地が良い。癒される。
ピンと背筋が凍る感覚。また視線を感じる。寒気もする。
いや、だが、ここは浴室何処にも人が入るスペースなんて存在しない。当たりを見渡してもやはり人なんていない。鏡に映るのは自分だけだ。何なのだろうこの違和感は頭を洗っても身体を洗っても拭いきれない。
ふと天井を見てみた。天井が空いている。私は恐怖で凍りついた。誰かいるのだろうか。そこに人が入ることは可能なのだろうか分からない。怖い。一目散に風呂場を後にした。
はあはあと息が切れる。どうしよう。警察だろうか。いやたまたま何かの原因でズレただけだろうか。この家から出た方がいいのだろうか。分からない。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
友達に電話することにした。
「もしもし」「もしもし」
「どうしたの?」
「何か家に人がいる気がするんだよね。すごく怖くて」
「どういうこと?誰かいるの?」
「いや実際はいないんだけど人の気配がするんだよね、風呂場の天井が空いてたし、あそこって風とかで空いたりすのかな?」
「どうだろう、でも人が入れるのほど広くないと思うよ、覗いて見たら」
「怖いよ」
「いま調べてみたら風で空いちゃうこともあるらしいよ、それに人が居るとしたらつめあますぎじゃない?バレバレじゃん」
「そうだよね、確かに。ありがとう。だいぶ落ち着いてきた」
「どういたしまして、どうしても気になるならカメラでも仕掛けてみたら、私はもう眠い、じゃあね」
電話切られてしまった。だが友達と話せたおかげで心身共にだいぶ落ち着いてきた。最近疲れも溜まってたし。偶然が重なってただけだろう。また何かあったら本当にカメラでも仕掛けてみよう。私は平常心を保ち風呂場に戻り。天井のフタを閉めた。水滴が落ちて来て冷たい。だがそれ以外何も無かった。物音も視線も。
寝室に向かい。床に就く。恐怖はあったが睡魔がそれに勝る。ゆっくり眠りについた。

朝になる。いつもと変わらなない朝だ。アラームがうるさい。間接照明の明かりが寝室を優しくつつむ。仕事まではあと2時間ある。支度を始めなければいけない。
ゆっくり起き上がる。朝日がカーテンから漏れて昨晩の恐怖は全くなくなっていた。
コーヒーを沸かして。歯磨きを始める。その間に服の着替えを用意する。少しシワが目立つので急いでアイロンを用意する。
泡を吐き出し歯磨きを終える。アイロンが温まっただろうか確認する。まだ少しぬるい。
コーヒーを飲んで落ち着く。暖かい。シワを伸ばしてひと段落。次は髪のアイロンを温めなければとスイッチを入れる。朝の情報番組を見ながら化粧をする。
パンをトースターに入れレバーを下ろす。今日は外回りだ。いつもより気合いが入るまだまだ化粧はかかりそうだ。パンが焼き上がる。バターを塗り。かじる。粉が落ちないように器用にかじる。口をゆすぎ髪を巻いて完成だ。今日も仕事場に向かう。

仕事

電車の時間の関係でいつもかなりはやくついてしまう。もうひとつ遅いとギリギリになってしまうので仕方ない。
「おはようございます」
「おはようございます」
下田さんだ。今日も出勤がはやい。眠そうだが仕事が始まればいつも完璧にこなす。頼れる先輩だ。
「最近どう?頑張り過ぎてない」
「大丈夫です。今日も元気です」
私はとっさに嘘をついてしまう。もう慣れてしまってる。しかし職場の人には無理をしてるとはけして言えない。
「そっか無理すんなよ」
「はい」
有難い。この一言でまた今日も頑張れる。
「おはようございます」
「おはようございます」
次々と同僚達が出勤してくる。今日もまた一日が始まろうとしていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「最近無理してない?大丈夫ですか?」
田無さんにも言われてしまった。そんなに私は疲れて見えるだろうか。
「大丈夫です、田無さんこそ今日もギリギリですね、また怒られちゃいますよ」
「ああ、俺も最近寝つきが悪くてね」
「そうですか」
ジリジリと朝礼のアラームがなる。全員席から立つ。部長が話すのをじっと聞く。欠伸が出そうになるのをぐっと堪える。これから私たちの一日が始まる。
話終えると外回りの私たちは外出の準備を整える。
支度は出来てる。私はカバンを持ち階段を早歩きで駆け下りて今日の仕事を始める。気合いも入る。

違和感
疲れた。19時50分。階段をコツコツ上がり私のアパートに帰る。外回りは身体的に疲れる。ふくらはぎがパンパンに張っている。はやくゆっくりしたい。
鍵を開ける。開いていた。
いや気のせいかどっちだろう。もう一度捻る。開いた。閉め忘れたのだろうか。分からない。暗闇にじっと目を凝らす。誰かいる気がする。すぐに電気を付ける。誰もいない。なんだったのだろうか最近疑心暗鬼が過ぎる気がする。誰もいない。誰もいない。誰もいない。何度も自分自身を言い聞かせる。靴下を脱ぎ洗濯機に放り込む。スーツを脱ぎハンガーにかける。全身を着替える力はもう無かった。シャツのままソファに沈み込む。
そこでテレビを付けた。違和感を感じる。確実にリモコンの位置が違う。気のせいだろうか分からない。誰かいる。いやいない。どうしよう。テレビに映るお笑い芸人の渾身の漫才が全く面白くない。頭に入って来ないのだ。何を言っても頭の中を通り過ぎる。気の利いた言い回しが今の私には全く理解出来なかったのだ。どうしよう。誰かいる。
どこにいるのだろ部屋は1K隠れる場所などない。どうしよう。クローゼットかトイレか浴室そこくらいしか隠れる場所などない。
「誰かいるの?」
小さな声を振り絞る。誰の返事もない。そっとクローゼットに近づく。
「誰かいますか?」
耐えきれず私は勢い良くクローゼットを開けた。いつも通りに上着がかけてある。誰もいない。
良かった。一安心。意識的に呼吸をする。きっと気のせいだ誰もいない。誰もいない。誰もいない。
心音があがる。胸をはち切れそうだ。トイレにも向かう。
「誰かいますか?」そっとドアを開ける誰もいない。やはり気のせいだ。安心してソファに座る。一気に疲れがやってくる。倦怠感と大きな眠気。どっと力が抜ける。テレビをボーと見ながら時間がすぎるのを感じていた。
違和感の事など忘れて私は2.3時間ソファで過ごしていた。仕事の疲れもだいぶ癒えてきた。
少し面倒だが風呂に入ろう、準備を進め整える。寒いな。寒さとはべつに背筋が凍りつく。また天井が空いていたのだ。昨日調べたら風の影響で天井が空いてしまう事もあるらしい。だがおかしいそんなに開いてしまうものなのか不思議だ。どっと脂汗が滲む。怖い。怖い。怖い。
誰かいるのではないか確かめる勇気はない。そっと浴槽を利用して天井をまた戻す。きっと風のせいだ自分を言い聞かせる。シャワーを浴びる事で現実を忘れようと悶える。きっと何かの間違いだ。そもそも空いてなかったのだ。半狂乱に頭を洗い事実を忘れようとする。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
風呂を上がりすぐに友人に連絡をする。
「また空いてたんだけど、どうしよう」
「また空いてたの?誰かいるじゃん(笑)」
「笑い事じゃない、本当に助けて欲しい」
「いや、引っ越すとかしかないじゃんとりあえずカメラ仕掛けてみよう、カメラこっそりバレないところに」
「わかった、やってみる」

撮影
私は急いでドンキホーテで小型カメラを買った。五千円で買えた。何回も使う訳では無いので画質とかは何でもいい。今の私には誰もいないという現実だけで十分だ。
私は翌朝小型カメラを部屋のテーブルの上に仕掛けて仕事に向かった。
写っていて欲しい気持ちと写っていて欲しくない気持ちに板挟みに押しつぶされそうだ。
とにかく私は仕事に向かう。
「おはようございます」
「おはようございます」
今日も下田さんははやい。仕事は大変だが大人が沢山いることで家にいるより安心する。今日も外回りだ。朝礼が始まり少しづつ頭も冴えていく。今日も頑張ろう。

仕事が終わり帰路につく。20時。今日も疲れた。クタクタで帰るがカメラの存在を思い出して緊張感が高まり始める。自分のアパートの階段をあがる。1歩ずつ緊張感が高まる。部屋の前で大きく深呼吸をする。
鍵は閉まっていた。当たり前のことだが安堵する。その安堵は束の間部屋に入ると異臭がする。
その匂いは臭い訳では無いが私の匂いじゃない匂いがする。気のせいだろうか不安がよぎる。目の前には誰もいない。誰か居るはずはないのだ。カメラに目を落とす。仕掛けた時と同じ位置にある。同じ角度同じ色。撮影中のランプも赤く点滅している丁度容量が切れたみたいだ。
確認をしてみよう。
固唾を飲む。怖い。怖い。怖い。だがハッキリさせないといけない。私の気のせいなのだ。
ゆっくり録画を再生し始める。何も無い私の部屋だ。人影が映る。どうやら朝の私だ。カメラをセットしている。一安心する。何もない時間が始まる。
早送りのボタンを押す。ずっと何も変哲もない私の部屋がずっと写っていてる。

いや、私の気のせいは気のせいでは無かった。人がカメラの前を通り外に出ていった。私の体はガタガタと震え始めた。怖くて見るのを辞めたいが動くことも出来ない。どうしよう。早送りは続く。停めなくては指が震えてカメラを停止できない。
私の息は荒くもう少しで気を失いそうだ。早送りは続く。画面を見てるとまた人影だ。それはだんだんカメラに近ずいてくる。男だ。
「あれ、え、なんで?」
そこに映るのは同じ職場の田無さんだった。私は半狂乱になり画面に映る現実を理解出来なかったのだ。少しづつ田無はカメラに近づき丁度画面を田無の顔が半分覆いニッコッと笑った。私はブルブル震えて何も出来ない。

そのあとまた画面に人影が映る。キョロキョロと挙動不審だ。よく見ると私自身だった。カメラに近づきそこで録画は終わっていた。

どうしよう。どうしよう。そうだ。警察だ。どうしよう。ケータイが見つからない。身体の震えが止まらない。ポケットの中をを震えながらケータイを探す。

首元にに暖かい吐息を感じた。それは気のせいでは無かった。

廃病院【短編小説】

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これは昔ある廃病院で体験した話です

 

 

 

学生時代友達が車を買ったというので
仲間4人でドライブに行くことにしました。

中古車でしたがとても性能が良く友達は自慢気に乗っていた事を覚えています。

深夜お金も無い私達の遊び方というとその頃心霊スポットを巡りそこでの肝試しが流行っていました。

その日も友達が調べてきていて隣の市にもう使われていない廃病院があると言うのです。

正直恐怖はあった物のその場の話は盛り上がり早速向かう事になりました。

友達の運転で向かうことにしました。少し眠かったが話が盛り上がり楽しい道中だった記憶があります。

1時間くらいでしょうか目的地に着きました。

外観は思ったよりは綺麗でした。まだ使っているような白くて清潔感のある外観。木々に囲まれてそれはゆらゆらとまるで私たちを歓迎するように揺れていました。


しかし近くのコンビニに車を止めて歩いて近寄って行くと遠くから見た印象とは異なり壁には落書き、そして割れたガラスがそこらじゅうに転がりどんよりとした重苦しい雰囲気に廃病院なんだと改めて感じさせられました。

正直恐怖心はありましたが仲間の手前誰も怯えた様子は見せず中に入って見る事になりました。

真っ暗な病院内にじゃりじゃりと足音がなりました。それくらい足元は荒れていたと思います。

仲間たちとそれぞれ色んな部屋を観察してまわりました。中は荒廃してガラスが飛び散り危険な状態でした。

真っ暗な病院内私たちのスマホの明かりだけがゆらゆらと照らしていました。その頃は恐怖心よりは好奇心が勝ってました。

一歩一歩進んでじゃりじゃりという音が静かな病院内を包んいました。ある部屋には色んな医療器具がありました。まだ使えそうにも見えました。

違う部屋も散策するとまたジャリジャリと音が響く。壁の染みが人の顔にも見えました。気のせいだと思い込むみます。

ここはなんの部屋だろう薬品の匂いだろうか鼻をツンとする香りが漂う。恐怖と好奇心で私の心拍数が上がっていました。

もう十分だ。私はもう帰りたいと思っていました。

「2階に上がって見ようぜ」
仲間の声に一斉に皆が振り返る。静まり返った院内に声が響く。私の感想を裏切る空気の読めない友達の言動。

しかし仲間の手間怖いとは言えませんでした。


1階の散策も一通り終わり皆で2階に上がって見ることにしました。ネットの噂では2階に少女の霊がいるらしいです。

トントントントン。階段を上がる靴の音が響く。


2階につきました。しかし廊下からでは噂通りの幽霊は視認すること出来ませんでした。


ゴーと風の音が院内に鳴り響く。窓が割れているので廊下に居ても風が届く。暗く不気味な雰囲気は更に恐怖を煽っていました。

また私達はジャリジャリと散策をはじめました。

友達は早々と奥の部屋に行ってしまいました。私は手前の部屋に入ってみることにしました。

そこにはカルテと言うのだろうか医療関係の資料がそのまま放置されている。何が書かれているのだろうかは分かりません。触る勇気はありませんでした。

ジャリジャリ。ハサミやメスも落ちている。

ジャリジャリ。1人ではないと仲間たちの足音が私の恐怖を軽減してくれていました。

「なんかあった?」
「んー特に、カルテみたいなのはあったよ」
「なんも起きないね」
「そうだね、屋上行ってみる?」
「屋上あるのか、行ってみるか」

私達は集合して屋上に上がることにしました。

トントントントン。また階段に音が響く。誰もいない大きな建物だとこんなに響くものなのだろうか。珍しい体験でした。

屋上に上がるとポツンとコンビニの明かりが見えました。友達の車は丁度ここからは見えません。

夜風が強い。だがどこか心地よかったです。屋上は開放感があり重苦しい恐怖心からは解放されていました。

しかしまた中の階段をくだらないといけないのが友達には言えなかったが正直怖かったです。

「帰るか」
「そうだね」

私達は階段を1段づつ下り始めた。トントントントンとまた音が響く。
トントントントンと狭い空間で私の恐怖が伝染する。
皆の足が少し早くなりました。
そして2階まで降りました。ゴーとまた風の音が響きました。

しかしそこで私は気付いてしまった。風の音だと思っていたそれはよく聞くと男のうめき声にも聞こえました。

それは口に出すことは出来ませんでしたが皆気付いていたと思います。

「ごぉぉ」

うるさい。うるさい。うるさい。

「これってさ」
「違うよ」
私は友達が言おうとした事を制止して怒鳴ってしまった。それは反響して院内を駆け巡った。

違うよ。違うよ。違うよ。うよ。うよ。

「ごぉぉ」


「やっぱり、男の声だよ、霊いるんだよ」
「いないよ」

いないよ。いないよ。いないよ。いよ。いよ。

「いるよ」反響が終わると耳元でハッキリ男性の声がしました。


私達は声を確認すると駆け足でその場を去りました。


あの声はなんだったのでしょうか今でも分かりません。

思い出すだけで恐怖が蘇ります。

今でも時々あの声が聞こえます。
気のせいですよね?

もう一人の住人【短編小説】

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今日はすごく楽しかった。彼と付き合って3ヶ月記念日。彼には私の買い物付き合わせちゃったけど楽しんでくれたかな、ショッピングモールを歩き回ったけど私は一日中楽しかった。彼は優しく付き合ってくれた。

2人とも歩き続けたせいで足はパンパンに疲れていた。クタクタで帰路につく。

彼と一緒に私の部屋に帰ってきた。鍵を開けて部屋に入る。もう、直ぐにでも荷物を下ろしてソファに腰をかけたいと思った。

そんな中愛犬のマロンにお出迎えされた。今日も相変わらずキュートだ。あまりの可愛さに今日の疲れも吹っ飛んでいく。

マロンは部屋中を走り回る。ご機嫌だ。彼氏が来てもあまり鳴きはしない。お利口な子だ。

「かわいいね」

「今日は機嫌がいいね、全然吠えないし」

彼は歩き回るマロンをつかまえて撫で回す。マロンも嬉しそうだ

私は台所にマロンのエサを取りにいった。皿に盛り付けて。マロンに渡す。一日留守にしてしまったので少し多めにあげた。

マロンはまだ走り回る。

「あれ、食べないね」

「お腹減ってないんじゃない?」

「最近あんまり食べないんだよね、元気なんだけど」

マロンはまだ元気に走り回っていた。私は最近のマロンの食の細さが少し気になったがテレビのリモコンを探した。

テーブルの上にある。いつもと違う場所だ。

「あれ?ここに置いたっけ?」

「それは分からないよ」

彼に聞いても朝は一緒にいなかったのだから分かるはずない。私もうる覚えだ寝ぼけていつもと違う場所に置いたのかも知れない。

テレビをつけてみた。

テレビでは夜のニュースがやっていた。どうやらこのアパートの近所で殺人事件があったらしい。物騒だなと思ったがどこか他人事に感じて危機感は無かった。

「これ近くね」

彼氏が言った。

「そうだね、怖いね」

「物騒だな、戸締りちゃんとしないとね」

彼氏は心配してくれていたが私はそんなに危機感は無かった。テレビの中で起きてる事が何処か他人事であんまり現実味が無かった。

私は小腹が空いたのでパンを焼くことにした。袋から2枚取り出してトースターに入れて焼けるのを待つ。

「食べる?」

「食べる」

一枚は彼氏にあげることにした。

袋入りのパンの枚数が少し減っている気がする。

気のせいだろう。

テレビでは明日の天気のニュースが流れてる。明日は雨らしい。仕事には傘持ってかないといけないな。

「明日雨だって」

「そうらしいね、嫌だね」

「最近はずっと晴れていたのにね」

「まあ、しょうがないよ」

パンは勢い良く焼きあがる。

「焼けたよ」

「イチゴジャムでいい?」

「うん、なんでもいいよ」

私はイチゴジャムを冷蔵庫から取り出して熱々のパンに塗りたぐる。ジャムがパンの熱で溶けてキラキラ輝いて宝石のようだ。

「はい」

「ありがとう」

彼と1枚づつかじりついた。やはり焼きたては美味い。私達の小腹は満たされていった。

腹が満たされるとどっと眠気が襲ってきた。
目を空けようともまぶたが重い。

私はうつらうつらしていたが寝る前にどうしてもシャワーを浴びたかった。しかし睡魔に勝てそうに無い。

そんな私の欠伸につられて彼も目をこすっている。

「先にシャワー浴びちゃうね」

「うん、いってらっしゃい」

どうにか私は睡魔に勝ち浴室に入った。

シャワーを浴びる。暖かい。気持ちが良い。

 


浴び終えて髪を乾かす。だいたい30~40分経過しただろうか入った時間は覚えていない。

私がパジャマに着替えて部屋に戻ると彼は眠りについていた。

余程疲れていたのだろうその寝方はベットを横に体が少しはみ出ていた。

彼はギリギリまで睡魔と戦ったのだろう。
可哀想にこのままでは寝違えてしまいそうだ。そんな姿さえ愛おしいと感じた。私はスマホで写真を一枚撮った。

私は彼を起こさないように隣に寝ることにした。彼の匂いがする。幸せだ。

私は少しづつ目を閉じて眠りについた。

 

 


「何?」
私は真っ暗中シャワーの音で目を覚ました。
一瞬驚いたが今日は彼氏が泊まりに来ていた。薄らとした意識の中で少しづつ理解した。きっと彼氏だろう。

そう思ったがこんな時間にシャワーを浴びるだろうか脳裏に疑問が過ぎる。

混乱する頭だが現状を理解するまでに時間はかからなかった。

彼氏は隣にいる。隣で寝ているのだ。私は怖くなり彼氏に抱きつく。浴室には誰がいるのだ。誰もいるはずが無いのに何故。

体はブルブルと震え出す。目は少しづつ闇に慣れてきていた。

眩しい。浴室の扉が開き照明が零れる。姿は逆光でよく見えない。

「あれ起こしちゃった」

浴室から出てきたのは彼氏だった。

「え、そいつ誰?」

隣には知らない男がいた。